研究テーマ

レーザ用半導体・半金属混晶GaNAsBi?の創製

背景−新型通信用レーザの必要性

 光通信網の通信容量を飛躍的に増大させ、光通信網のフレキシブルな管理を可能とする方法として、波長分割多重(wavelengthdivision multiplexing: WDM)通信方式がある。WDMはすでに、大陸間や基地局間の光通信に用いられており、現在のインターネットを支えている重要な技術である。
  WDM通信方式では、光ファイバーに波長の異なる複数のレーザ光を通すことで、通信容量を大きくしており、混信を防ぐためにレーザ光の波長の安定化が不可欠である。例えば、高密度(Dense)WDMと呼ばれる方式では、レーザ光の波長間隔が0.4あるいは0.8nmに設定されているのに対して、そこで用いられる分布帰還形半導体レーザの発振波長は、温度が1℃変化すると0.1nm変化する。このため、現在のWDM通信方式では半導体レーザをペルチェ冷却素子上に搭載し、この素子に常に電流を流して温度を一定に制御している。
  WDM通信方式を、一般家庭や小規模事業者等の加入者端末に使用できれば、現在のADSLや光接続をはるかにしのぐ大容量通信が可能になる。一方で、一般家庭のパソコンの光通信用モデムにペルチェ冷却素子などの温度制御装置を装備することは、価格や消費電力、占有スペースの点で問題となる。WDM通信方式を加入者端末まで広げるには、温度変化に対して発振波長が変動しない半導体レーザの開発が必要である。

本研究の目的−新型レーザ用材料の創製

 通常、半導体の禁制帯幅は温度上昇により減少する負の温度依存性を示す。これに対して、目的とする半導体レーザの実現には、レーザ構造に合わせて、禁制帯幅が負の小さい温度依存性(具体的には通常の1/2程度の変化率)、あるいは、やや正の温度依存性を示す新規な半導体材料が必要となる。このような特長を有する半導体・半金属混晶の創製について紹介する。

Biを含むIII-V族半導体

 禁制帯幅の温度依存性が零となるものとして半導体・半金属混晶Hg0.4Cd0.6TeやHg0.4Cd0.6Seがある。禁制帯幅が正の温度依存性をもつ半金属HgTe?HgSe?と、負の温度依存性をもつ半導体CdTe?CdSe?とで混晶を形成することで、温度依存性が零になると考えられている。
  通信用レーザ用材料として現在用いられているInGaAsPと同じIII-V族半導体では、GaAsと半金属GaBi?の混晶であるGaAs1-xBixが、禁制帯幅を温度無依存化する材料として期待される。有機金属気相エピタキシャル(MOVPE)法を用いたGaAs1-xBixの結晶成長が、本研究の共同研究者である尾江邦重氏(京都工芸繊維大学)による先駆的な研究で実現されている。Biをわずか2.6%含有するだけで、GaAs1-xBixの禁制帯幅の温度依存性がGaAsの1/3となる。また、本研究室では分子線エピタキシャル(MBE)法を用いてGaAs1-xBixを結晶成長し、その禁制帯幅が同じく温度無依存化することを明らかにしている。

半導体・半金属混晶GaNAsBi?の創製

  ビスマス含有III-V族半導体を半導体レーザに応用するためには、禁制帯幅を光通信の波長帯(1.3μmまたは1.55μm)に適合させるとともに、格子定数をGaAs等の一般的な基板材料に整合させる必要がある。本研究室は、GaAsの格子定数に適合させるために、GaAs1-xBixに少量の窒素原子を添加したGaNyAs1-x-yBixを創製した。図1にGaNyAs1-x-yBixの組成と禁制帯幅の関係(計算値)を示す。図では組成の表記がGa(NYBi1-Y)XAs1-Xとなっている。この図から、GaN0.026As0.923Bi0.051の禁制帯幅が光の波長1550nmに対応すると予想される。混晶中にNとBiがたかだか5%程度含まれることで、通信波長帯のレーザに適した材料となる。

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図1 Ga(NYBi1-Y)XAs1-Xの組成と禁制帯幅の関係

  GaNyAs1-x-yBixはMBE法によりGaAs(001)基板上に結晶成長した。GaAs結晶中に原子半径の大きいBiを導入するために、基板温度を400℃以下の低温にして非平衡度を高めている。

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図2 成長層のSIMSプロファイル

  図2に積層構造の試料GaAs/GaNyAs1-x-yBix/GaNyAs1-y/GaAs1-xBix/GaAs/GaAs基板の二次イオン質量分析(SIMS)プロファイルを示す。試料の構造に対応してNとBiの信号強度が変化している。

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図3 成長層のX線回折パターン

 図3に図2の試料のX線回折パターンを示す。GaAsGaAsBiに窒素が混入すると格子定数が小さくなり回折ピークが高角度側にシフトする。また、図2でGaNyAs1-x-yBix層とGaAs1-xBix層のBi信号の強度が等しく、この2つの層のBi組成は等しい。これより、図3でGaAsとGaAs1-xBixの回折ピークの間にあるピークはGaNyAs1-x-yBixによるものといえ、GaNyAs1-x-yBixの結晶成長が確認できる。66.11°にはGaNyAs1-yに起因する回折ピークがみられる。すでに、GaAs基板に格子整合した成長層を得る成長条件を明らかにし、波長1.33μmのホトルミネセンス発光を室温で得ている。

まとめ

 温度が変化しても発振波長が変化しない半導体レーザ用材料として半導体・半金属混晶GaNyAs1-x-yBixを世界に先駆けて創製した。目的とするレーザの製作には、N組成とBi組成を精密制御して、禁制帯幅と格子定数を制御する必要がある。すでに、GaAs基板に格子整合した成長層を得る成長条件を明らかにし、波長1.33μmのホトルミネセンス発光を室温で得ている。

参考文献

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Last-modified: 2018-05-30 (水) 16:05:30 (2164d)