研究紹介
窒化物誘電体 ラジカルビーム堆積法
−原理実証から実証機開発・デバイス応用へ
※本研究は、京都工芸繊維大学発ベンチャー（有）魁半導体と当研究室の共同研究のもと進められている。
背景−保護膜としてのシリコン窒化膜
シリコン窒化膜は緻密で水分や不純物を通しにくい性質をもち、また、良好な絶縁性を有している。そのため、集積回路のほかに、高周波デバイス、レーザなどの半導体デバイスの表面保護膜として広く使われている。表面保護膜がないと半導体デバイスの動作は非常に不安定になり、実用に適さなくなる。このシリコン窒化膜の従来の堆積プロセスでは、次にあげるような問題があった。
図1.簡略化した集積回路の断面図
図2 電子産業における二大絶縁膜
�．淵旅渋い簍�機電子材料に対するダメージの懸念
従来のシリコン窒化膜の堆積法では、熱やプラズマを用いて原料ガスを分解して、保護膜を半導体デバイス上に堆積していた。熱的な分解による時は、半導体デバイス自身が高温になる。また、プラズマを用いる時は、半導体デバイス表面がプラズマ中の高エネルギー粒子にさらされる。今後、ナノ構造や有機材料を用いたデバイスが大きく進展すると考えられているが、これらは、現在のシリコン等の半導体デバイスに比べて、熱的にはるかに弱く、また、高エネルギー粒子による損傷が非常に起こりやすい。このため、従来法で、所期の保護性能をもつシリコン窒化膜を、ナノ構造や有機材料の上に堆積することは困難である。
��危険な製造プロセスで安全管理コストが膨大
従来法のシリコン窒化膜の堆積工程では、毒性が強く、自然発火性や爆発性をもつ非常に危険な気体(モノシランガス[SiH4]、ジシランガス[Si2H6]など)とアンモニア[NH3]などを原料に用いていたため、製造装置は複雑で高価であった。また、習熟者しか取扱えないといった問題点もあった。このため、安全管理に要するコストが非常に大きい。
�０汰瓦並綢惴粁舛箸靴突�機物を用いた堆積の試みがあるが膜中に炭素が混入
当研究室の吉本や他の研究者によって、ジシラザン[H3SiNHSiH3]がシリコン窒化膜を堆積する際の前駆体であることが明らかにされている。このジシラザンに類似の有機原料としてヘキサメチルジシラザン[(CH3)3Si NHSi(CH3)3、略称：HMDS]がある。具体的には、ジシラザンの７つのH原子のうち６つをメチル基（CH3）に置き換えたものがHMDSである。この原料は、フォトレジストを塗布するときの界面活性剤として既に工業用として大量に使用されている。また、HMDSはSiH4と違って爆発性がなく、塩素系シラン（ジクロルシランなど）と異なり腐食性がない。このためHMDSを原料にシリコン窒化膜の堆積がこれまで試みられてきた。ところが、従来の堆積法では、HMDSを熱やプラズマにより分解していたため、HMDSの中のメチル基が分解され、膜中へ炭素が混入していた。炭素が混入すると、欠陥密度が増大し、緻密性が低下するとともに、炭素の混入により誘電率が低下する。炭素混入は大きな問題で、応用分野が限られている。
当研究室で開発した技術
魁半導体と当研究室では、前述の問題点３つをすべてクリアしたシリコン窒化膜の形成法を開発した。この堆積法を「ラジカルビーム(Radical Beam)法」(略称：RB法)と名付けた[1,2]。RB法の特長は、�ヽ萓�な窒素原子とHMDSを独立に供給する手法を採用したこと、��活性な窒素とHMDSとの間に特異な化学反応を見出し、それを活用したこと、および��プラズマから基板を遠ざける装置構成をとったことにある(図4)。この形成法では、プラズマ領域で窒素ガスを活性な状態（ラジカル）にし、基板付近にビームとして供給する。窒素ラジカルとHMDSが化学反応して、基板上にシリコン窒化膜が堆積される。本技術の優位点は以下のものがあげられる。
図4 シリコン窒化膜形成装置図
�ゝ蚕囘�優位性：ダメージの無い製造法を実現
RB法では、試料がプラズマ中の高エネルギー粒子にさらされることが無く、試料が損傷を受けることはない。従来法では、有機エレクトロルミネセンス（EL）素子にSiNx?膜を直接堆積すると、素子は損傷を受け、発光強度が低下する。しかし、本手法では発光強度はほとんど低下しないことを実験的に実証済みである[3]。
�◆．灰好氾�優位性：安全な代替原料を用いて所期の保護性能を実現―安全管理コストの大幅削減
安全な代替原料を用いた従来法では、HMDSと窒素を共にプラズマ分解していたため、堆積膜中に炭素が混入した。本技術により形成した膜は、化学的に活性な窒素ラジカルとHMDSとの間の特異な化学反応を用いているので、非常に炭素の含有量が低い。このことは実験的に実証済みである。炭素混入のない緻密なシリコン窒化膜であるので、有機ＥＬ素子が劣化しない、いわゆる保護特性を有することを確認している[3]。
開発した技術は、安全な代替原料を用いているため、従来法では必要不可欠であった付帯防災設備や建物の改装などの莫大な初期投資が不必要となる。さらに、従来技術は危険物を取り扱うので常時監視が必要だったが、RB法はそれらを扱わないので無人運転が可能で必要な人員が少ない。
図5にSiNx?膜のX線光電子分光(XPS)スペクトルの例を示す。400℃と800℃で堆積したSiNx?膜を試料とした。N1sに起因するピークが397.4eVに、Si2pに起因するピークが102.4eVに観測された。C1sに起因する284eVのピークはいずれの試料でも測定限界以下であった。
図6に2次イオン質量分析(SIMS)法による分析結果を示す。Si基板の領域の炭素のバックグラウンド信号強度から、堆積膜中の炭素の混入量は、たかだか1019cm-3台といえる。HMDSを用いる他の堆積法では、炭素がシリコンと同じ程度混入しSiCN膜というべき膜が堆積される。これに対して、本手法によるSiNx?膜では炭素の含有量が極めて少ない。
ラザフォード後方散乱(RBS)法より組成比を求めた。膜の堆積温度と組成比N/Siの関係を図7に示す。組成比N/Siは1.25から1.45の間で変化した。低温で形成した膜は窒素リッチな膜であり、高温で形成するに従いN/Si比は小さくなった。
図8に300℃と700℃で堆積したSiNx?膜のフーリエ変換赤外分光(FT-IR)測定の結果を示す。膜厚がともに450 nmの試料を使用した。観測された主なピークは860 cm-1付近のSi-N stretchingmodeと、2160 cm-1付近のSi-H stretching mode、1100-1200cm-1付近のN-H wagging mode、3350 cm-1付近のN-H stretching modeであった。C-Hに関する2960 cm-1付近のピークは観測されなかった。基板温度が高いほど水素に関するピーク強度は減少した。
エリプソメトリーにより測定した屈折率の基板温度依存性を図9に示す。屈折率は基板温度の上昇につれて1.8から2.0まで増大した。図7に示したように基板温度が高いほど、N/Siの値は小さい。また、図8に示すように、基板温度が高いほうが水素の含有量は低い。また、RBS法で堆積膜の密度を評価したところ、高温で堆積するほど密度が大きくなる傾向にあった。高温で膜堆積を行なうと、窒素組成および膜内水素量が小さくなり密度が増大することで、屈折率が増大すると考えられる。
低温で堆積した膜の方が高抵抗であった。低温領域で堆積した膜は膜内水素が多く、ポリマー状と推測され、高抵抗になると考えられる。一方、高温で堆積した膜は膜中にトラップを多く含み低抵抗になっていると考えられる。300℃で堆積した膜の場合、電流密度10-6A/cm2で定義した絶縁破壊強度は3.5 MV/cmとなり、3 MV/cmでの抵抗率は3×1013 Ωcmと良好な値を示した。
まとめ
HMDSを直接分解することなく、プラズマで励起した窒素原子とHMDSの反応によりSiNx?膜を堆積した。膜中の炭素含有量は基板温度に関わらずたかだか1019cm-3台と推定される。基板温度が高いほどSi-H、N-Hに起因する赤外吸収が減り、水素含有量が減少した。基板温度が高くなるにしたがい膜組成N/Si比は減少し、膜の密度は増大した。これに対応し、基板温度300℃では屈折率1.79、比誘電率5.7が、基板温度700℃でそれぞれ1.98、7.6と増加した。300℃で堆積した場合、10-6 A/cm2で定義した絶縁破壊強度は3.5 MV/cm、抵抗率は3×1013 Ωcmと良好な絶縁性を示した。
本技術のシリコン窒化膜を有機EL素子の保護膜に応用し、保護特性を得ている。本技術の窒化シリコン膜は高い絶縁性とバリア機能の両方を有している。低温でプラズマ損傷無しに堆積できるので、有機デバイスやナノ構造デバイスの保護膜として期待される。
参考文献
[1]Reduction of carbon impurity in silicon nitride films deposited from metalorganic source, Kohshi Taguchi, Masahiro Yoshimoto, and Junji Saraie, Jpn. J. Appl. Phys.,(2004) L148-L150.
[2]Dense Structure of SiNx? films fabricated by radical beam deposition method using hexamethyldisilazane, K. Taguchi, M. Yoshimoto, and J. Saraie, Jpn. J. Appl. Phys. (2004) L1403-L1405.
[3]有機液体原料を用いたラジカルビーム堆積法による低炭素濃度シリコン窒化膜の堆積, 田口貢士, 吉本昌広, 更家淳司, 材料,(2004) 1318-1322
[4]T. Yamao, K. Taguchi, M. Yoshimoto and S. Fujita, Ext. Abs. 23rdElectronic Mat. Sympo Izu-Nagaoka 2004p.53
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