研究テーマ
サブミクロン解像度極低温顕微分光装置の開発
背景 装置の概要
通常の光学系を用いた顕微ホトルミネセンス(PL)観測装置は、半導体材料やデバイスの局所的な電子構造を解析するために広く用いられてきた。通常の光学系での解像度（Δ）は、観測対象の光の波長(λ)と対物レンズの開口数(NA)を用いて、Δ=0.52λ/NAと決まる。ここで、開口数は、対物レンズと試料間の媒質の屈折率nと対物レンズの開口角φを用いて、NA=n sin(φ/2) と表される。開口角φは、対物レンズの直径D、および、対物レンズの焦点距離Fを用いてφ/2=arctan (D/2F)と表せる。媒質が通常、大気や真空であることを考慮すると、NAの上限は１である。現在、市販されている対物レンズでNAの最大のものは0.95であり、これを用いれば、波長の半分程度の解像度が得られる。
波長の半分程度より優れた解像度を得るには、走査近接場光顕微鏡(scanning near-field optical microscope: SNOM)が用いられる。しかし、SNOMで解像度を向上させるためには、光プローブの開口径を小さくする必要がある。開口径の減少は、測定感度のほぼ指数関数的な低下につながる。このため、実用的には、GaAs基板上のInAs?量子ドットなどの高輝度の発光を示す試料を解像度100nm前後で観測できるにとどまっている。また、 solid immersion lens(SIL)を用いると、媒質の屈折率を１.8程度にでき、NAが１よりやや大きくなる。このため、解像度は波長の半分よりやや改善される。しかし、この場合、通常の光学顕微鏡に比べて、操作性が悪くなる。
通常の光学系を用いた顕微測定では、解像度は観測波長の半分程度に制限されるが、SNOM やSILを用いる場合に比べて、装置構成が簡単で操作性もよく、高感度の光学測定が簡便にできる。すでに、室温測定では、高解像度の対物レンズを用いて、サブミクロンの解像度で顕微PL測定が広く行われている。 ところが、従来形の顕微PL装置では、低温で高解像度の測定が困難であった。これは、高解像度の対物レンズでは、NAが大きくなるために焦点距離が短くなっており、対物レンズと試料間の距離が1mm以下に小さくなるためである。試料を冷却して高解像度の顕微PL測定を行うために、対物レンズを試料とともに極低温まで冷却したり、ビューポートの形状を工夫することで、高解像度化が図られてきた。
本研究では、操作性良く、波長の半分程度の解像度をもつ顕微PL測定を極低温で行うために、新たに顕微PL装置を開発した。ここでは、顕微PL装置の概要について述べる。また、本装置を用いた測定例として、6H-SiC基板上GaNにおける結晶欠陥の検出について紹介する。
図 1に顕微PL装置の構造を示す。本装置では、対物レンズと試料を同じ真空チャンバー内に設置した。対物レンズとして、可視光観測用のもの（倍率:150倍、開口数:0.95、対物レンズ・試料間距離：0.2mm）と紫外光観測用のもの(倍率:40倍、開口数:0.5、対物レンズ・試料間距離:1.0mm)を用いた。試料の冷却は液体ヘリウム循環式冷却器を用い、試料の最低到達温度は15Kであった。対物レンズと試料との間の熱絶縁は真空により十分維持されている。Ar+レーザ（波長:488nm）およびHe-Cdレーザ（波長：325nm）を光源に用いた。対物レンズを用いてレーザ光を試料にサブミクロンのオーダーで集光し、PL発光を得た。PL発光は同じ対物レンズで収集し、真空チャンバー外の集光光学系を経て、分光器および光電子増倍管を用いてホトンカウンティング法で計測した。また、試料上でのレーザビームの集光状態を評価するために、CCDカメラを用いた。光学系全体として共焦点形顕微鏡を構成している。
レーザビームを固定し、試料を走査することで、顕微PL像を得た。試料の位置決め、および、顕微PL像の観測をサブミクロン解像度で行うために、ピエゾ素子を用いて試料ホルダーを2次元的に走査した。ピエゾ素子は、x、y軸両方向に試料ホルダーをステップ幅100nmで最大25mmまで移動できる。モアレ効果を応用した干渉計により試料の位置を検出している。ピエゾ素子と試料は絶縁物により熱的に絶縁している。対物レンズは真空仕様のマニピュレータに装填し、試料を冷却した後、対物レンズ・試料間の距離の調整や、対物レンズのあおり角の調節を容易に行えるようにした。
図1 顕微PL装置の構造
図 2(a)にAl蒸着膜上に集光したレーザビーム形状を示す。測定温度は20Kである。レーザビームはエアリー(Airy)ディスクと呼ばれる同心円として観測される。図の縦軸は、CCDカメラで捕らえたエアリーディスク像の直径方向に沿った信号強度の変化である。図中、実線は、次式から求めた理論曲線である。ここで、I0はx=0での強度、J1は第１種ベッセル関数である。また、この測定では、λはレーザ波長の488nmである。実測値（図中で点）と理論値（実線）はよく一致しており、本装置は極低温においても設計通りの光学的特性を有していることを示している。
図2. 顕微PL装置の動作特性(a)Al膜上に就航したレーザービームの強度分布。測定温度20K。(b)SiO2/Si微細構造のエッジ部分における反射光強度の変化。測定温度15K。
極低温における試料の走査性能を、Si基板上 のSiO2微細構造（1×3μm）を用いて定量的に評価した。本装置で15Kにおいて測定したSi微細構造の反射像は、走査電子顕微鏡（SEM）を用いた観察像と同じものが得られた。図2(b)にSi微細構造におけるSiとSiO2の境界付近での反射率の変化を示す。測定温度は15Kである。レーザ光がSiO2からSiに向かって走査されるに従って、レーザ光の一部がSiO2で反射され、残りがSiによって反射されるようになる。この結果、反射強度は図2(b)に示すような変化を示す。この強度変化は理論的には次式で表される。
ここで、RSiO2とRSiはそれぞれSiO2およびSiの反射率を表している。また、r2=u2+v2である。図の縦軸は、Siにおける反射率で規格化している。反射率変化の測定値は理論値とよく一致しており、15Kにおいても本装置は設計どおりの走査性能を持つことを示している。波長488nmにおいて0.3μmの解像度を持つといえる。
観測例−6H-SiC基板上GaNにおける結晶欠陥の検出
SiC基板上のGaNは、熱伝導率の大きいSiC基板と飽和電子移動度の大きいGaNを組み合わせたもので、高出力・高周波電子デバイス用半導体として期待されている。
図3(a)に6H-SiC上に気相堆積法（chemical vapor deposition: CVD）で成長したGaNの表面を示す。わずかなうねり状のモフォロジーが見られるのみで、平坦な表面を示している。一方、ホトンエネルギーを3.40eVに固定して観測した顕微PL像では、図3(b)の中の矢印aで示したような強く発光する領域が観測される。ここで、図3(a)および(b)でのホトレジストは同じ場所を観測するためのマーカーとして用いた。
図3. 6H-SiC基板上のGaN。(a)ノマルスキ微分干渉顕微鏡増、(b)ホトルミネセンス像。観測エネルギー3.40eV、観測温度15K、観測領域は(a)と同じ。
図3(b)の位置aおよびb にHe-Cdレーザ光を集光（直径350nm）して得たPLスペクトルを図4に示す。位置aおよびbのいずれから得られたスペクトルも、3.46eVに中性ドナー束縛励起子による発光がメインピークとして見られる。また、そのピークのホノンレプリカ（ホノンエネルギー：92meV）が見られる。位置aで観測されたスペクトルには、らせん転位あるいは積層欠陥によるものとされる発光ピークが3.40eVに見られる。この結果は、表面モフォロジーとは相関のない２μm程度の大きさの結晶欠陥が多い領域を、感度よく検出できていることを示している。
図4. 6H-SiC基板上に成長したGaNのホトルミネセンススペクトル。位置aおよびbは図3(b)中に示す。
まとめ
本研究では、対物レンズをクライオスタット内に装填した新しい顕微PL装置を開発し、極低温で解像度がサブミクロンのPL像を得た。対物レンズとして、可視光観測用のもの（倍率:150倍、開口数:0.95、試料・対物レンズ間距離:0.2mm）と紫外光観測用のもの(倍率:40倍、開口数:0.5、試料・対物レンズ間距離:1.0mm)を用いた。試料の冷却は液体ヘリウム循環式冷却器を用い、試料の最低到達温度は15Kであった。Al薄膜での集光レーザビームの強度分布とSi極微構造の反射像を解析することで、装置は極低温においても設計通りに、観測波長の半分程度の解像度を持つことを確認した。
6H-SiC上にCVD成長したGaNで、表面モフォロジーとは相関のない、２μm程度の大きさの結晶欠陥が多い領域を検出した例を紹介した。
通常の光学系を用いた本顕微PL観測装置では、光プローブ顕微鏡に比べて解像度でやや劣るものの、高感度で良好なS/N比をもってPLを観測することができた。
謝辞
本研究の一部は文部科学省知的クラスタプロジェクト・京都ナノテククラスターの助成を得て行った。
新聞発表
�� 日経産業新聞 2003年9月25日号第1面 「分解能200ナノメートルに 次世代素子の顕微鏡開発 京都工繊大とエックスレイ」
�� 京都新聞 2004年1月1日68面「ナノテク、バイオ・・・に挑む」
展示会出展
� �(社)日本分析機器工業会主催 2003年分析展 （2003年9月10日-12日、幕張メッセ）
�◆‘�経ナノテクフェア2003（2003年10月8日-10日、東京ビッグサイト）
発表論文
(1) Scanning Photoluminescence Microscope with Sub-micorn Resolution and High Optical Throughput at a low Temperature
M. Yoshimoto
Jpn. J. Appl. Phys., 39, 2000, pp.6105-6106.
(2) Sub-micron scale photoluminescence image of SiC and GaN at a low temperature
M. Yoshimoto, M. Goto, J. Saraie, T. Kimoto, H. Matsunami
Materials Science Forum, 2000 p.627-630.
(3) Direct Observation of Polytype Domain in GaN by Cryogenic Scanning Photoluminescence Microscope with Sub-Micron Spatial Resolution
M. Yoshimoto, M. Goto, and J. Saraie,
Jpn. J. Appl. Phys., 40, 2001, 3159-3160.
(4) Low-Temperature Microscopic Photoluminescence Images of Epitaxially Laterally Overgrown GaN
M. Yoshimoto, J. Saraie, and S.Nakamura
Jpn. J. Appl. Phys., 40, 2001, pp.L386-L388.
(5) Impurity Incorporation in Epitaxially Laterally Overgrown GaN Detected by Cryogenic Photoluminescence Microscope with Sub-micron Spatial Resolution
M. Yoshimoto, J. Saraie, and S. Nakamura
J. Cryst. Growth, (2002) 1075-1078.
(6) Sub-micron Scale Photoluminescence Images of Wide Bandgap Semiconductors by Cryogenic Scanning Optical Microscope
M. Yoshimoto
Materials Science and Engineering B, (2002) 21-24.
(7) サブミクロン解像度極低温顕微ホトルミネセンス装置の開発とワイドギャップ半導体の欠陥検出への応用
吉本昌広
材料（2002）989-994
Copyright © 2005 Kyoto Institute of Technology , Yoshimoto Laboratory . All right reserved .
![[PukiWiki]](image/pukiwiki.png "[PukiWiki]")
