研究内容

材料の物性は、それを構成する原子間の結合や分子間相互作用だけでなく、分子の運動自由度、絡み合い、幾何学的な拘束によっても大きく変化します。ロタキサンやカテナンに代表されるインターロック超分子では、異なる分子同士を幾何学的に連結することで、通常の分子にはない運動自由度や構造可変性を設計・制御することができます。これらの超分子は、これまで主に溶液中において多彩な機能を示す分子システムとして研究されてきました。加藤研究室では、インターロック超分子に特有の性質を固体材料の物性として発現させるための研究を進めています。ソフトマテリアル、高分子樹脂、接着材料などに変革をもたらす新たな学理を構築し、持続可能社会の実現に貢献できる材料の創製を目指しています。

インターロック超分子の多様性を支える合成基盤

溶液中の分子システムとして発展してきたインターロック超分子を固体材料へ展開するための第一歩は、ロタキサンの軸成分に高分子を用いた「ポリロタキサン」の合成でした。これは環状分子というモノマーを軸となる高分子によって幾何学的に連結することで、いわば「重合」した、新しいタイプのポリマーです。高分子材料を構成する分子の多様性が材料物性の多様性に反映されるのと同様に、ポリロタキサン材料においても、軸高分子や環状成分の分子構造、さらに一本の軸高分子に貫通している環状分子の数、すなわち包接率を精密に設計することが重要です。特に包接率は、通常の有機合成反応だけで決まるものではなく、異なる分子どうしの自己組織的な錯形成、すなわち包接過程によって制御されます。そのため、ポリロタキサン材料の設計には、分子構造を作り込む合成化学と、分子集合体の形成を制御する超分子化学の両方が必要です。私たちは、汎用性の高い様々な新規合成法を開発することにより、多様な分子構造を有するポリロタキサンを高効率に合成する技術を確立してきました。この合成基盤により、従来は限られていたポリロタキサン材料の構造多様性を大きく拡張し、材料物性の多様化と、その背後にある新たな支配原理の発見へとつなげています。

インターロック超分子の合成基盤の研究イメージ
ポリロタキサンの多様な分子構造。包接錯体を形成する環状分子と軸高分子の組み合わせは、分子認識によって決まる。また、末端封鎖には、環状分子の内径よりも十分にかさ高い化合物を用いる必要がある。

新しいエントロピー弾性に基づいた材料設計

高分子鎖を架橋すると、材料全体に網目構造が広がったゴムやゲルが得られます。一方、ポリロタキサンを架橋すると、架橋点が軸高分子に沿ってスライドできる特殊な網目構造が形成されます。このようにして得られるゴム状およびゲル状の材料は環動材料と呼ばれ、架橋点の可動性に由来する特異な物性や機能が期待されてきました。私たちは、様々な分子構造を有するポリロタキサンを架橋した環動材料を系統的に研究する中で、通常のゴムやゲルが示すゴム状態とは異なり、非常に低い弾性率を示す「環動状態」の存在を明らかにしました。通常のゴム弾性は、高分子鎖の配向異方性に由来するエントロピー弾性です。一方、環動材料では、架橋点で軸高分子がスライドすることで高分子鎖の配向異方性が緩和され、その代わりに環状成分の配置エントロピーが減少することで弾性が発現します。この発見以前は、架橋点とならなかった環状成分は材料物性に大きく寄与しないと考えられてきました。しかし実際には、それらの環状成分は、まるで架橋点間に閉じ込められた気体分子のように「圧力」を発生し、架橋点のスライドに対抗していることが分かりました。私たちはこの知見をポリロタキサンの分子設計にフィードバックし、包接率を下げることで環動材料を従来よりも格段に強靭化することに成功しました。この成果は、その後の環動材料設計において、低包接率ポリロタキサンを積極的に活用する流れを生み出しました。

環動材料とエントロピー弾性の研究イメージ
環動材料(ゲル・エラストマー)の弾性を支配する二つのエントロピー。架橋点のスライドは、軸高分子鎖の形態エントロピーを増大させる一方で、環状分子の配置エントロピーを減少させる。

硬くても強い新しい高分子樹脂「ポリロタキサンガラス」の創成

ゴム状態やゲル状態の環動材料では、環状分子が軸高分子上をスライドできることが、その特異な物性を生み出しています。一方、ガラス転移温度以下では、一般に分子運動は大きく制限されます。私たちの身の回りにある多くのプラスチックも、ガラス状態や結晶状態において分子運動性が抑えられることで、高い剛性を示しています。私たちは、多様な分子構造を有するポリロタキサンの研究を進める中で、ガラス状態にありながら高い分子運動性を保持する材料群を見出し、これを「ポリロタキサンガラス」と名付けました。ポリロタキサンガラスは、重量の8割以上がデンプン由来の環状オリゴ糖誘導体からなるバイオベースプラスチックです。さらに、硬いだけでなく、高い延性や靭性を示すことも分かってきました。最近の研究では、環状分子と軸高分子をそれぞれ設計することにより、材料の剛性と靭性を独立に制御できることが実証されています。私たちは、従来の高分子樹脂にはない「ロタキサンらしさ」を硬い材料の中でも発現させることで、剛性と靭性を両立する新しい高分子樹脂の材料設計指針を構築することを目指しています。

ポリロタキサンガラスの研究イメージ
ポリロタキサン誘導体の溶融成形により得られる透明硬質樹脂。材料重量の8割以上を環状オリゴ糖誘導体が占めるバイオベースプラスチックでありながら、高い剛性と優れた延性を示す。

マルチスケール解析による変形・破壊・接着メカニズムの解明

優れた物性や機能が得られても、その仕組みを理解できなければ、より普遍的な材料設計指針へと発展させることはできません。ポリロタキサンガラスの優れた物性の中に、どのような「ロタキサンらしさ」が現れているのかを明らかにするためには、分子レベルの構造と、目に見えるマクロな力学物性とを結びつけて理解する必要があります。私たちは、ポリロタキサンとそれを構成する環状分子のそれぞれに特有のX線散乱を見出し、これを利用して、分子レベルからサブミクロンスケールに至る変形・破壊過程や接着界面の構造変化を解析しています。特に、放射光X線散乱を用いた変形下でのその場解析により、変形中の分子配向、局所構造、相分離、ひずみの発生を多階層的に捉えることを目指しています。さらに、電子顕微鏡内での破壊試験、偏光顕微鏡観察、デジタル画像相関法によるひずみ分布解析などを組み合わせることで、マクロな変形・破壊挙動と分子スケールの構造変化を結びつける研究を進めています。また、共同研究者とともにマルチスケールシミュレーションにも取り組み、ゴムやゲルとは異なる硬質高分子材料における「ロタキサンらしさ」の全容解明を目指しています。

マルチスケール解析による変形・破壊・接着メカニズムの研究イメージ
SPring-8における放射光X線散乱を用いたき裂先端周辺の構造マッピング。ポリロタキサンガラスとそれを構成する環状分子に特有のX線散乱を追跡することで、分子レベルからサブミクロンスケールに至る変形・破壊プロセスを解析する。