視床下部損傷動物の細胞増殖機構
:アセチルコリンの関与

 視床下部性肥満のモデルである視床下部腹内側部(VMH)損傷動物は、肥満中枢とされる VMH の破壊により過食となり肥満に陥るとされてきた。しかし食餌を制限しても肥満は進行し、一方迷走神経切断によって体重増加や末梢組織の DNA 合成が抑制されることから、過食よりも迷走神経の異常亢進が、肥満の進行に対しより深く関与することが示唆される。本研究では、迷走神経と末梢の細胞増殖との関連を明らかにするために、アセチルコリン作働薬であるカルバコールの連続投与を行って、擬似的に迷走神経活動異常亢進状態を惹起したラットを作製し、膵・十二指腸・肝における細胞増殖を、増殖細胞核抗原 PCNA の検出によって検討した。3日間のカルバコール投与により、PCNA の発現は膵島β細胞と十二指腸および肝の実質細胞において増大した。次にこの動物の血清の細胞増殖促進効果を、培養細胞(HaLa 細胞)への BrdU 取り込みにより検討した。カルバコール投与ラット血清区の BrdU 陽性 HeLa 細胞の数は、正常ラット血清区に比べて有意に多かった。カルバコール自体には細胞増殖促進効果はみられなかった。

 In vitroでの株細胞を用いた実験で、肝細胞や膵島B細胞の単独培養ではカルバコールによる増殖作用がみられないが、血管内皮HHおよび平滑筋細胞SM-3といった非実質系細胞(血管周囲細胞)との混合培養系でカルバコール刺激による肝細胞あるいは膵島B細胞の増殖が起こった。すなわち、アセチルコリン作動薬カルバコール刺激により、肝や膵島B細胞に対する増殖因子を血管周囲細胞が分泌していることが示唆された。さらに、アセチルコリン受容体アンタゴニストを用い情報伝達系について検討した結果、血管周囲細胞でのM1, M3受容体を介したホスホイノシチド反応が、肝細胞増殖に関係していることが示された。

 

<関連論文>
 1. Yoshimura R, Arai J, Endo Y.
Vascular endothelial cells and smooth muscle cells mediate carbachol-induced hepatocyte proliferation via muscarinic receptors and IP3/PKC signaling cascades.
Cell Biol Int. 2009 Apr;33(4):516-23. Available online 12 February 2009. [IF(2008):1.619] DOI:10.1016/j.cellbi.2009.01.018

 2. Yoshimura R, Somekawa S, Omori H, Endo Y.
Carbachol induces hepatocyte proliferation, but only in the presence of hepatic nonparenchymal cells.
J Physiol Sci. 2007 Jun;57(3):139-45. Epub 2007 Apr 20. [IF:0.726] DOI:10.2170/physiolsci.RP003707

 3. Yoshimura R, Omori H, Somekawa S, Osaka T, Ito R, Inoue S, Endo Y.
Continuous carbachol infusion promotes peripheral cell proliferation and mimics vagus hyperactivity in a rat model of hypothalamic obesity.
Biomed Res. 2006 Apr;27(2):81-8. [IF:0.493] DOI:10.2220/biomedres.27.81

 

<学会発表要旨>
アセチルコリンアゴニスト・ニコチンによる細胞増殖および形態変化
Cell proliferation and morphological effects of cholinergic agonist nicotine

 ○坂口貴之、布施文希、國井美以乃、福崎真由美、吉村亮一、遠藤泰久(京都工繊大学大学院工芸科学研究科応用生物学部門細胞機能学研究室)

 アセチルコリン受容体アゴニストであるニコチンが血管や腫瘍の細胞に対し,増殖や転移などの作用を示すことが最近報告されているが、詳細は明らかではない。今回、数種の培養細胞を用い、アセチルコリンおよびニコチンによる細胞増殖や形態変化について細胞化学的に検討した結果、血管系や平滑筋の細胞では増殖作用が認められたが、神経系細胞では異なる作用が観察された。アクチンフィラメントなど細胞骨格の変化について検討した結果も報告する。
     日本動物学会第84回大会(2013年09月26-28日、岡山大学・岡山)

 

神経性肥満における膵島β細胞の増殖機構:血管周囲細胞の影響
Cell biological analysis of mechanism of pancreatic beta cell proliferation in neural obesity: the influence of perivascular cells

 ○王 歓、藤石裕美、吉村亮一、遠藤泰久(京都工繊大・院工芸科学・応用生物)

 視床下部腹内側核損傷動物における膵島での細胞増殖に、迷走神経異常亢進の関与が示唆されているが詳細は不明である。我々はこれまで神経情報が血管周囲細胞を介し膵島細胞の増殖を惹起していることを報告した。今回は血管周囲細胞のconditioned mediumの効果およびアセチルコリン受容体アンタゴニストを用い情報伝達系について検討した結果を報告する。
     日本動物学会第78回大会(2007年09月20-22日、弘前大・弘前)

 

神経性肥満の細胞増殖機構:血管周囲細胞のアセチルコリン情報伝達系の検討
 ○荒井淳一、王 歓、遠藤泰久、吉村亮一(京都工繊大・院工芸科学・応用生物)

 視床下部腹内側核損傷動物における内臓での細胞増殖に、迷走神経の異常亢進が関与すると考えられるが詳細は不明である。これまで株細胞系を用いた実験により、アセチルコリン作動薬カルバコール刺激により血管周囲細胞が肝や膵島細胞の増殖因子を分泌していることを報告した。今回、アセチルコリン受容体アンタゴニストを用い情報伝達系について検討した結果、血管周囲細胞においてM1, M3タイプの受容体を介して起こるホスホイノシチド反応が関係していることが示唆された。
     日本動物学会第77回大会(2006年09月21-24日、島根大・松江)

 

神経性肥満:肝細胞及び膵島細胞混合培養系におけるカルバコールの増殖作用
 ○荒井淳一、遠藤泰久、吉村亮一、王 歓(京都工繊大・応用生物)

Hyperproliferative effect of carbachol (acetylcholine agonist) on hepatocytes and MIN-6 cells co-cultured with endothelial and smooth muscle cells
 Jun-ichi Arai, Yasuhisa Endo, Ryoichi Yoshimura and Huan Wang (Division of Applied Biology, Graduate School of Science and Tevhnology, Kyoto Institute of Technology)

 In the ventromedial hypothalamic-lesioned animals, the abnormal cell proliferation in liver and pancreas are thought to be due to the vagus hyperactivity and/or the sympathetic repression. We conducted the co-culture system of several cell lines and demonstrated that the proliferation of hepatocytes and MIN-6 cells (a cell line of pancreatic B cells) were stimulated by the administration of carbachol, when they were co-cultured with cell lines of endothelial cells or smooth muscle cells. These effects were also found in the filter insert. We discuss the possible mechanism of their intracellular signal transduction.
     日本神経科学第29回大会(2006年07月19-21日、国立京都国際会館・京都)

 

神経性肥満:肝細胞株混合培養系におけるカルバコールの作用
 ○荒井淳一、遠藤泰久(京都工繊大・応用生物)

 視床下部腹内側部損傷動物では、過食よりも迷走神経の異常亢進が末梢組織ででの細胞増殖および肥満の進行に関与すると考えられるが詳細は不明である。前回までにムスカリン性アセチルコリン作動薬カルバコールの腹腔内持続投与により肝細胞の増殖を報告した。今回はin vitroでの株細胞を用いた実験で、肝細胞単独ではカルバコールによる増殖作用がみられないが、血管内皮および平滑筋細胞との混合培養系で肝細胞増殖が起こることを明らかにした。
     日本動物学会第76回大会(2005年10月06-08日、つくば国際会館・茨城)

 

カルバコール連続投与における肝臓での細胞増殖
 ○染川真吾、吉村亮一、遠藤泰久(京都工繊大・応用生物)

 肥満のモデルである視床下部腹内側部(VMH)損傷動物は、食餌を制限しても肥満が進行し、末梢組織で DNA 合成が促進される。これは迷走神経の異常亢進に起因すると考えられている。本研究では迷走神経と末梢での細胞増殖と関連を明らかにするために、ムスカリン様アセチルコリン作動薬であるカルバコールの連続投与を行って擬似的に迷走神経活動異常亢進状態を誘起したラットを作製し、肝臓における細胞増殖を増殖細胞核抗原(PCNA)の発現により明らかにした。

Cell proliferation in the rat liver by administration of carbachol
 Shingo Somekawa, Ryoichi Yoshimura and Yasuhisa Endo (Department of Applied Biology, Kyoto Institute of Technology)

 The ventromedial hypothalamic-lesioned rat is a model of obesity, in which hyperinsulinemia, vagal hyperactivity and DNA synthesis in peripheral tissues occurred. In order to clarify the relationship between the vagal hyperactivity and cell proliferation, rats, which were priorly received vagotomy, were administered carbachol (muscarinic acetyl choline receptor agonist) intraperitoneally using an osmotic pump. The immunohistochemical analysis using an antibody to proliferating cell nuclear antigen (PCNA) showed that PCNA-immunoreactive hepatocytes and stellate cells increased significantly in number after the carbachol treatment. These results suggested that the vagal hyperactivity may be involved in the cell proliferation of liver.
     日本動物学会第72回大会(2001年10月06-08日、九州産大・福岡)

 

視床下部性肥満の細胞増殖機構:
カルバコール連続投与による擬似的迷走神経異常亢進ラットを用いた検討

 ○吉村亮一、大森 大、染川真吾、遠藤泰久(京都工繊大・応用生物)

 視床下部性肥満のモデルである視床下部腹内側部(VMH)損傷動物は、肥満中枢とされる VMH の破壊により過食となり肥満に陥るとされてきた。しかし食餌を制限しても肥満は進行し、一方迷走神経切断によって体重増加や末梢組織の DNA 合成が抑制されることから、過食よりも迷走神経の異常亢進が、肥満の進行に対しより深く関与することが示唆される。本研究では、迷走神経と末梢の細胞増殖との関連を明らかにするために、ムスカリン様アセチルコリン作働薬であるカルバコールの連続投与を行って、擬似的に迷走神経活動異常亢進状態を惹起したラットを作製し、膵・十二指腸・肝における細胞増殖を、増殖細胞核抗原 PCNA の検出によって検討した。3日間のカルバコール投与により、PCNA の発現は膵島β細胞と十二指腸および肝の実質細胞において増大した。次にこの動物の血清の細胞増殖促進効果を、培養細胞(HaLa 細胞)への BrdU 取り込みにより検討した。カルバコール投与ラット血清区の BrdU 陽性 HeLa 細胞の数は、正常ラット血清区に比べて有意に多かった。カルバコール自体には細胞増殖促進効果はみられなかった。以上の結果より、迷走神経の亢進によって末梢組織における細胞増殖が促進され、これには何らかの血中液性因子が関与する可能性が示された。

The cell proliferation mechanism of hypothalamic obesity:
the effect of continuous administration of carbachol

 Ryoichi Yoshimura, Hiroshi Omori, Shingo Somekawa and Yasuhisa Endo (Department of Applied Biology, Kyoto Institute of Technology)

 The ventromedial hypothalamus (VMH)-damaged animal is a model of hypothalamic obesity. The animals overate by destruction of a satiety center VMH, and it resulted in overweight. However, it was suggested that vagus hyperactivity rather than overeating contributes to the obesity. To clarify the relation of vagus and cell proliferation, we created the rats with mimicked vagus hyperactivity by continuous administration of muscarinic acetylcholine agonist carbachol, and detected the proliferating cell nuclear antigen (PCNA). After 3 day-administration, expression of PCNA increased in pancreatic beta cells, the duodenum, and parenchyma cells of liver. Next, the growth effect in the serum was examined by BrdU incorporation into the cultured cells. BrdU incorporation was significantly larger in HeLa cells treated with 'carbachol' rat serum than control. The carbachol itself did not have such a effect. It suggests the cell proliferation in periphery may be promoted by humoral factor(s).
     日本神経科学第24回・日本神経化学第44回 合同大会(2001年09月26-28日、京都国際会館・京都)

 

視床下部腹内側部(VMH)破壊ラットの細胞増殖:
カルバコール連続投与の影響

 ○大森 大、染川真吾、吉村亮一、遠藤泰久(京都工繊大・応用生物)

 昨年我々は、肥満進行のモデル動物の一つである VMH 破壊ラットで、迷走神経の異常亢進による DNA 合成の促進に伴い、膵臓や十二指腸の特異的な部位で、細胞増殖がみられること、また血清に細胞増殖効果があることを本大会で発表した。しかし、現在でも迷走神経の異常亢進による細胞増殖促進の分子的機構は解明されていない。そこで、カルバコール連続投与と迷走神経切断を同時に行い、擬似的な迷走神経の亢進状態をつくり、十二指腸や膵臓などで細胞増殖の促進がみられるかどうかを検討した。


 Hiroshi Omori, Shingo Somekawa, Ryoichi Yoshimura and Yasuhisa Endo (Department of Applied Biology, Kyoto Institute of Technology)
     日本動物学会第71回大会(2000年09月21-23日、東京大・東京)

 

視床下部腹内側部(VMH)破壊ラットの膵臓・十二指腸における細胞増殖
 ○大森 大、齋藤みどり、吉村亮一、遠藤泰久(京都工繊大・応用生物)、井上修二、大坂寿雅(国立栄養健康研)

 VMH 破壊ラットは肥満モデル動物の一つであり、体重の増加に先立ち末梢器官で DNA 合成の増加がみられる。増殖細胞核抗原(PCNA)の免疫組織化学の結果、術後3日目の膵臓では細胞増殖が主に膵島のB細胞でみられること、十二指腸では陰窩の増殖細胞群に起きていることが明らかとなった。また HeLa 細胞などの培養系を用いて検討した結果、VMH 破壊ラットの血清に細胞増殖刺激因子の存在が示唆された。


 Hiroshi Omori, Midori Saito, Ryoichi Yoshimura and Yasuhisa Endo (Department of Applied Biology, Kyoto Institute of Technology)
     日本動物学会第70回大会(1999年09月27-29日、山形大・山形)