【機能性有機分子の設計、合成および物性評価】

 

 

固体状態で高効率発光する蛍光材料および燐光材料の開発

 高効率、省エネルギー、低環境負荷という時代要請に応えるために、有機ELや有機発光性トランジスタ、さらには有機固体レーザーなど有機分子の固体発光を機能発現の拠り所とする電子デバイスの開発が世界中で盛んに進められています。そして、これらの有機デバイスの発展・実現には、「固体状態で高効率発光する有機分子材料」の創製が必要不可欠です。しかし、溶液中で強発光するπ共役系低分子や高分子が無数にあるのに対して、分子が凝集している固体状態で効率よく発光するπ共役系分子は限られています。溶液中では溶媒によって各分子が孤立しているのに対し、分子が凝集している固体状態ではエキシマー形成や分子間エネルギー移動などが起こりやすくなり、励起分子のたどる過程は発光よりも消光のほうが支配的となってしまうからです。こうした背景のもと、我々は、「分子凝集した固体状態において高効率発光する有機発光材料の創製」に取り組んでいます(総説:Chem. Asian J. 2010, 5, 1516-1531)。

 

 1,4−ジベンゾイル−2,5−ジジシロキシベンゼンのシロキシ基はそのままにしてベンゾイル基をジアリールホスフィニル基やアリールスルホニル基に代えると、蛍光と燐光を比肩する強度で同時に発する材料であることを見つけました。希少元素を含まない蛍光−燐光二重発光材料は、蛍光を主成分とし、燐光は定常光測定では極大を観測することが不可能なほど微弱でしかないものがほとんどなので、この材料の二重発光性は特筆に値する性質です。蛍光と燐光が比肩する強度の発光スペクトルはレシオメトリックな発光センシングに有用であり、実際、この1,4−ビス(アクセプター)−2,5−ジシロキシベンゼンは、燐光強度に影響を与える酸素分子や温度のセンシング材料として利用することができることも明らかにしています。

 

 

文献Chem. Eur. J. 2020, 26 (23), 5162–5167.

 

 

 1,4−ジアロイル−2,5−ジブロモベンゼンが室温燐光を示すことを見つけたのに続いて、1,4−ジベンゾイル−2,5−ジジシロキシベンゼンが高効率(量子収率0.46〜0.64)かつ長寿命(発光寿命76〜98ミリ秒)の緑色燐光を発する材料であることを明らかにしました。燐光発光は、本来、発光効率と発光寿命がトレードオフの関係にあるため、従来の燐光材料で高効率(量子収率0.45以上)かつ長寿命(発光寿命50ミリ秒以上)を同時に実現した例はありませんので、この結果は燐光材料の開発に新しい方向性を与えるものと言えます。

 

 

文献 J. Phys. Chem. C 2016, 120 (21), 11631–11639.

 

 

 室温で燐光を発する材料は、有機EL、バイオイメージング、化学センシング、セキュリティインクなどさまざまな場面で利用されています。現在おもに使われている燐光材料は、イリジウムや白金に代表される希少金属を中心金属とする錯体化合物です。しかし、希少金属は文字通り、希少、高価なため、ユビキタスな元素のみで燐光を効率よく示す材料の開発に関心が集まっています。  我々のグループでは、希少金属を全く含まない1,4−ジアロイル−2,5−ジブロモベンゼンが、結晶状態において鮮やかに燐光発光することを見つけました。用いるアロイル基の種類を変えることにより、発光色を青から緑にまで変化させることができます。

 

 

文献 Eur. J. Org. Chem. 2016, (3), 467–473.

 

 

 分子凝集状態において橙色から赤色の蛍光を発するジアミノテレフタル酸ジチオエステルは、溶液中ではまったく発光しません。ところが、その溶液に生体チオールの一種であるシステインCys(アミノ酸の一種でもある)を添加すると、その溶液は緑色の蛍光を発するようになります(図4)。同じ溶液に、構造が似ているホモシステインHcyやグルタチオンGSHのような生体チオールを加えても、全く光りません。したがって、開発したジアミノテレフタル酸ジチオエステルは、システインを選択的に検出することのできるturn-on型蛍光プローブとして利用することができます。

 

 

文献: J. Chin. Chem. Soc. 2016, 63 (4), 317–322.

 

 深赤色や近赤外領域での発光は、バイオイメージングや医療分野への応用が期待されています。しかし、そうした生体系においては、疎水性分子である発色団は当然のことながら分子凝集して濃度消光を引き起こすので、分子凝集しても深赤色や近赤外光を高効率で発光する材料の開発が望まれています。我々は、ビス(スチリル)ベンゼンの中央のフェニレン基にジアリールアミノ基を二つ、末端のフェニル基にシアノ基と電子求引基を導入した(アクセプター)—(パイ)—(ドナー)−(パイ)−(アクセプター)型分子を設計し、これらが固体状態で極めて効率よく深赤色や近赤外領域で蛍光を発することを明らかにしました。現在、センシング材料としての応用展開を模索しています。

 

 

文献: Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 4095-4099.

 

 キナクリドン(下図中央白抜きで示した5環性分子)は、緑色ドーパントとして有機ELの研究初期から汎用されている発光材料です。ドーパントとして使用されることからわかるように、この平面分子は溶液中では効率よく緑色蛍光を発しますが、固体状態になるとその平面性ゆえに著しく濃度消光してしまい、ほとんど蛍光を発しません。私たちは、上に紹介したベンゼン環一つからなる固体発光材料の研究途上で、キナクリドンを分子切断してその平面性を破壊することを思いつきました。すなわち、中央のベンゼン環にアミノ基二つ、カルボニル基二つという官能性を保つように分子外側のベンゼン環と窒素を結ぶ結合あるいはカルボニル基との結合をそれぞれ切断した構造の分子なら、固体状態で効率よく可視光を発光するのではないかと考えました。実際このアイデアは有効であり、粉末や微結晶状態で効率よく蛍光発光する新しい材料の開発に成功しています。発光色は、導入する置換基の工夫により、図に示すように緑色から赤色にまで変化させることができています。

 

 

文献:Tetrahedron Lett. 2011, 52, 4084–4089. 

 

 トリフルオロメチル基は電子求引基として働くのみならず、分子凝集状態においてはミクロ相分離を誘引するので、パイ電子共役系分子の電子構造と固体構造を制御する有用な官能基になります。そうした観点から、私たちはジメトキシビス(トリフルオロプロペニル)ベンゼンを設計し、その固体発光性を調べました。その結果、下図に示す誘導体が固体状態において比較的良好な量子収率で紫色蛍光を発することを明らかにしました。

 

 

文献:Chem. Asian J. 2011, 6, 2536–2544.

 

 1,3,4,6−テトラアリール−1E,3E,5E−ヘキサトリエンは、溶液中ではまったく蛍光を示さないのに対し、固体状態になると緑色や黄色の蛍光発光すること、いわゆる凝集誘起発光を示す材料であることを見つけました。分子中央のフェニル基の存在が固体発光の実現に必須であることを突き止めています。

 

 

文献:Chem. Asian J. 2009, 4, 1289-1297.  

 

  固体状態で極めて効率よく蛍光発光する材料として、2,5−ジピペリジノ−14−ビス(アルケニル)ベンゼンを開発しました。末端の置換基を代えることにより、発光色を青色から赤色にまで変化させることができます。固体で効率よく蛍光を発する材料のほとんどはいずれも複数の芳香環を含んでいるので、芳香環がベンゼン一つしかない点は注目を集め、この成果はアメリカ化学会HPNoteworthy Chemistry Synfacts誌、さらにはWiley出版社のBiotechnology Journalで紹介されています。

 

武田、東の図

 

文献:Angew. Chem. Int. Ed. 2009, 48, 3653-3656.

 

ケイ素架橋ビアリールの新合成法と固体発光機能

 有機トランジスタ、有機EL、有機薄膜太陽電池など有機エレクトロニクス材料の構成要素として、芳香環どうしがケイ素で架橋されている分子が近年注目を集めています。我々は、多官能性ケイ素架橋ビアリールの効率合成法として、パラジウム触媒を用いる2-(アリールシリル)フェニルトリフラートの分子内カップリング反応を開発しました。この反応を使うと、ビフェニルのケイ素架橋体(つまり9−シラフルオレン)や、ベンゼン環とチオフェン環あるいはフラン環さらにはピロール環などがケイ素で架橋された芳香族分子を簡単に合成することができます。そして、たいへん興味深いことに、インドールとベンゼン環がケイ素で架橋された四環性分子が、溶液中のみならず固体状態で極めて効率よく青色の蛍光発光することを見つけました。有機ELなどに応用できる固体発光材料としての展開をめざして、現在研究を進めています。

 

図1

 

文献:Angew. Chem. Int. Ed. 2008, 47, 9760-9764; Sci. China Chem. 2011, 54, 1937-1947. 

 

 さらに、2(2−インドリルシリル)フェニルトリフラートの反応を調べていた過程で、ケイ素の転位を伴う新しい環化反応を見つけています(下式)。インドールの2位炭素(紫色)に置換していたシリル基に注目すると、ケイ素は反応後にインドールの3位炭素(水色)に転位していることがわかります。インドール部位がベンゾチオフェンやベンゾフランに相当する基質の反応では、こうしたケイ素の1,2−転位を伴う環化生成物は一切生じないので、この新形式の環化反応はインドール(ピロール)に特有の反応であるといえます。この反応を使うと、さまざまなケイ素架橋2−アリールインドールを収率よく合成することができます。いずれの反応も、アメリカ化学会HPNoteworthy Chemistry Thieme社出版のSynfacts誌に注目論文として紹介されました。

 

図2

 

文献:J. Am. Chem. Soc. 2009, 131, 8350-8351.

 

 上述の新反応で得たケイ素架橋2−アリールインドール誘導体は、青紫から青緑色の蛍光を発し、いずれも大変高い発光量子収率で固体発光します。高い固体発光性は、有機EL用発光材料に必須の特性であり、実際、ケイ素架橋2−ナフチルインドールが、EL素子中において優れた青色発光材料として機能することも明らかにしています。現在、より高性能な発光材料の創製を目指して研究を推進しています。

 

図3

 

図4

 

文献:J. Phys. Chem. C 2011, 115, 11265–11274; J. Mater. Chem. C 2012, 22, 4337-4342. 

 

 先に紹介したケイ素架橋ビアリールの新合成法を使うと、従来法では合成が容易でなかった2位に電子供与基、7位に電子求引基の置換するD––A型シラフルオレンを簡便に合成することができます。そこで、電子供与基としてアミノ基、電子求引基としてCF3 CN CHO CH=C(CN)2などが置換するD––A型シラフルオレンをデザインし、物性を調べると、これらの分子は溶液中および高分子フィルム中で効率よく蛍光発光することを見つけました。中でも、CHO体とCH=C(CN)2体については顕著なソルバトクロミズムが発現し、溶媒を代えると発光色を青色から赤色にまで変化させることができます。また、高分子フィルムの極性によっても発光色は変わることを見つけています。この結果は、同じ材料であっても分散させる高分子材料を代えることにより発光色を調節できることを示しています。この研究は、新しい反応の開発が、従来は合成が難しかった化合物の物性研究に貢献することを示す好例と言えます。

 

図5

 

文献: J. Phys. Chem. C 2010, 114, 10004–10014.

 

ケイ素架橋シラフルオレンの合成、構造と光物性

 π電子共役系モジュールをケイ素で架橋すると、モジュールどうしの配向に平面性を付与するのみならず、σ−π(σ*−π*)共役により母体分子の共役系を効率よく拡張することができます。我々は、π電子共役系の新しいモジュールとして注目を集めているシラフルオレンに着目し、その45-位をケイ素架橋すると光物性がどう変化するかに興味をもち、ビフェニルがケイ素で二重架橋された分子を設計・合成しました。その結果、9,9-ジメチルシラフルオレンにシリレンあるいはジシリレン架橋が加わると、紫外吸収極大が長波長シフトするとともに、紫色あるいは青色発光することがわかりました。青色発光材料として使われるフルオレン系材料では、3量体(つまりベンゼン環が六つ存在して)にしてようやく青色発光が得られることと比較すると、ケイ素で二重架橋されたビフェニルがオリゴマー化しなくても可視光発光することは、ケイ素がπ電子共役系にもたらす電子的影響がとてもユニークであることを如実に物語っていると言えるでしょう。この研究は、アメリカ化学会のホームページにあるNoteworthy chemistry のコーナーで紹介されました(November 3, 2008)

 

図6

 

文献:Chem. Asian J. 2008, 3, 1238-1247.

 

     

 

多ケイ素かご型分子をコアとする新規液晶化合物の創製

 有機分子のもつ材料特性や生物活性は、その分子に含まれる脂環構造と密接に関係していることがしばしばあります。例えば、シクロヘキサン環やビシクロ[2.2.2]オクタン環が液晶化合物のコアとして利用され、液晶分子の配向性を保つ機能を果たすことはよく知られています。したがって、機能材料や生物活性化合物に含まれる脂環構造の骨格内の一部をヘテロ原子に置換すると、導入したヘテロ原子の特性により母体炭化水素とは異なる化学的・物理的性質の発現が期待できます。したがって、骨格内にケイ素を含む環状分子には、炭素のみからなる脂環構造とは異なる立体効果や電子効果が発現し、新しい機能材料の有用な化合物群になると期待できます。こうした観点から、ビシクロ[2.2.2]オクタンのメチレン基をジメチルシリレン基で置換した2,3,5,6,7,8-ヘキサシラビシクロ[2.2.2]オクタンに興味を持ち、その合成法を開発しました。そして、ジメチルシリレン基が液晶性発現におよぼす影響を調べるために、まずフェニル基の置換する多ケイ素かご分子を種々合成したところ、アリール基が置換していない橋頭位に水素もしくは短いアルキル基を有する誘導体がカラムナー液晶となることを見つけました。すなわち、メチレン基をジメチルシリレン基で置換すると、炭素のみからなるビシクロ[2.2.2]オクタンとはまったく異なる分子集合様式をとることがわかりました。いくつかの例について、構造式とテクスチャーの顕微鏡写真を示します。

 

 

 さらに、橋頭位には短いアルキル基しか置換していない多ケイ素かご分子でも、カラムナー液晶相を発現することを明らかにしました。通常、カラムナー液晶は円盤型分子に長鎖アルキル基を複数置換した構造をしているものがほとんどであり、このように芳香環と長鎖アルキル基のいずれをもまったく持たないカラムナー液晶はこれまでにシランジオールを除いて例がないので、多ケイ素かご分子をコアとする液晶分子の創製は分子形状と自己組織化に関する基礎研究に新しい分野を切り開くものと期待できます。

 

 

文献:Chem. Lett. 2001, 1090-1091; Trans. Mater. Res. Soc. Jpn 2004, 29, 793-794; Mol. Cryst. Liq. Cryst. 2005, 441, 237-241; Angew. Chem. Int. Ed. 2007, 46, 3055-3058. 

 

ホログラム記録材料の開発

 高度情報化社会の発展に伴う記録媒体の高密度化を実現するために、三次元光記録が注目を集め、その手段としてホログラム記録が盛んに研究されています。ホログラム記録はホログラフィーの原理により記録媒体を体積的に利用することにより高密度記録が可能な方式ですが、複数の記録層を積層して作成する記録媒体には応用することができません。なぜならば、記録のためにある層へ参照光と物体光を照射すると、それらが通過する他層のデータが消去されてしまうからです。この問題を解決する有望な手法として、高励起三重項状態を経由する二段階励起型ホログラム記録が提案されています。しかしビアセチルやカルバゾールなどの従来材料はホログラムの回折効率が低く、実用化はむずかしいのが現状です。我々は、二段階励起型ホログラム記録材料として、S0—S1遷移やT—Tn遷移の効率が高いチオフェン5量体に着目しました。ただし、高励起三重項状態のチオフェン5量体それ自体は構造変化などを伴う化学反応しにくいため、ここに光化学反応を起こすことのできるエネルギー受容体を共存させることにしました。無置換のチオフェン5量体は有機溶媒への溶解度がきわめて低く素子作成がむずかしいので、チオフェン5量体の溶解度を制御するために、両端にトリオルガノシリル基が置換したチオフェン5量体を設合成し、エネルギー受容体にビス(アジドフェニル)スルホンを用いてホログラム記録実験を行ったところ、従来材料(ビアセチル)の効率を2桁上回る記録効率を実現しました。その後の研究により、書き込み媒体にフォトポリマーを採用すると、さらに記録効率が向上することが明らかになっています。

 

     

 

文献:Adv. Mater. 2007, 19, 1826-1829; Appl. Opt. 2007, 46, 8402-8410.