The Physiology of Plants under Stress (E. T. Nilsen & D. M. Orcott)

5. Stable Isotopes and Plant Stress Physiology

2000年2月14日 担当:はんば

I Introduction

★安定同位体を測る意義
環境に対する植物の反応を調べるために行われる、生化学的・生理学的な測定は、様々な制約を受けることが多い。

・時間的、空間的制約
光合成:クロロプラスト、細胞、プロトプラスト、葉片、葉、枝で測ることができるが、植物全体で測定されることは少ない。
ガス交換や酵素・生化学的な測定:短い時間のスナップショットしか得られない。植物全体の反応をみるためには、数学的な計算によってスケールアップすることが必要

・サンプルサイズの制約
生理的な測定では、サンプルサイズが制約されることが多い。ガス交換測定では一時間当たり40~70サンプルを測定できるが、それでも葉群全体の微環境や齢構造を計算するには不十分
圧力ー体積曲線は、一本のカーブを取るのに5~6時間も必要なので、少しのサンプルしか測定できない。酵素の測定は、実験室に持って帰る時間が必要。

→植物全体の季節変化や年変化を調べるには、古典的な生理的測定では不十分。
植物の安定同位体の比率は、長期間の積算的な値なので、植物の生理的なプロセスの指標として適している

★安定同位体について
同位体:核の中性子数が異なるため、異なる質量数をもつ原子のこと。同位体は原子番号と電荷は変わらず、質量数だけが異なる

同位体は、安定性が異なる(Fig. 5.1)。
放射性同位体:不安定で、電磁気や粒子を放出して別の元素に変わる。放射の種類は核種によって変わる。11Cは高エネルギーの電磁波であるガンマ線、14Cは低エネルギーの粒子であるベータ線を放出

放射性同位体の安定性も核種によって大きく異なる。半減_��i放射性同位体の質量の半分が安定な形になるのに必要な時間)は、10Cで数秒、14Cで数千年(Fig. 5.1)

★放射性同位体の利用
半減期の短いものは、分子識別マーカーとして、生化学的なトレーサー研究に利用。
32P:タンパクのラベリング、核酸構造のプローブ
11C:in vivoの炭水化物輸送。ガイガーカウンターでガンマ線を測定できるので、非破壊測定ができるが、半減期が非常に短いのでサイクルトロンが近くにある実験室でしか使えない
14C:長い生化学的な経路の中にある炭素鎖や有機分子の識別や追跡。
14C、235U:地質学的な時計(半減期が非常に長いため。235Uは7億年)。14Cは核実験がお行われた1950-1955に特に増えているので、土壌や樹木の年代測定に利用される

★安定同位体の利用
安定同位体には半減期はなく、エネルギーや粒子も放出しないので、シンチレーションカウンターやガイガーカウンターでは測定できない。
安定同位体は、質量分析計か、核磁気共鳴装置 NMRで測定される

安定同位体自然存在比:ある安定同位体が元素全体(あるいはある特定のプール)に占める比率。同位体の存在比率は、分子や原子の結合が壊れたり、分子が拡散したりするときに起こる同位体効果によって変動する

★同位体効果
速度論的効果、熱力学的効果の2種(Fig. 5.2)。
速度論的効果:拡散速度や、酵素の反応性の違いなどによって、非平衡プロセスで起こる効果。重い同位体が分別されることが多く、温度依存性がある
熱力学的効果:二つの速度論的な反応が平衡になっているときに起こる効果。例えば液相と気相の間で拡散によって同位体が移動している場合。温度に敏感

植物で、生物学的な同位体の分別効果がどの程度生じるかは、植物の生理的なプロセスを反映する。また、植物の分別効果によって、周辺の環境の同位体比も変動する→ストレス指標として同位体が使える

植物全体の生理学の指標としての同位体比の研究は、40年以上行われている(Craig 1945)。C、H、N、Oの研究が多い。比較的若い分野であり、将来さらに応用が期待できる

★同位体比の変動
同位体比の変動は、ある基準物質に対する偏差(d)で表す(equation 5.1、Table 5.1)。
2H:自然存在比が小さいので、dは小さくなる。しかし、d値の変動は大きい(存在比が7.5 *10-6変わると、dは50苺マ動、通常は50~100苺マ動)。

II Carbon Stable Isotopes
2種の同位体12Cと13Cのうち、大半が12C(98.9%)。有機物をいったん乾燥させれば同位体比はかわらないので、微生物の呼吸を防げば、安定同位体比は長期間安定

安定同位体比の変動はきわめて小さいため、単位としては1000分率(パーミル)が用いられる。また、通常、標準物質に対する偏差であらわされる。炭素の安定同位体比(d13C)は、標準物質の12Cと13Cの比(13C/ 12C: R)に対する、試料の Rを1000分偏差であらわしたものが使われる。


炭素の安定同位体の国際的な標準物質(スタンダード)としては、合衆国サウスカロライナ州の Pee Dee層で得られた矢石(イカに類する頭足類)の化石中に含まれる炭酸カルシウム(PDB)を用いることが決められている。PDBスタンダードはほとんど枯渇しているので、実際の測定には、国際スタンダードに対する値が既知のワーキングスタンダードを用いる(National Bureau of Atandard graphite NBS-21)。

植物の同位体比は、基質(大気中の二酸化炭素)に対する偏差で表すこともできる。この偏差は、同位体分別とよばれ、Dで表す。Dは、光合成による時間的な13C の分別を反映する。D=植物のd13C - 大気中の二酸化炭素のd13C

同位体の表現としては、d13C が使われることの方が多い(基質の同位体比を決めなくてもよいから)。大気の二酸化炭素のd13Cは -8 艪ニされ、ほぼ一定であるが、土壌呼吸や人為的な影響がある場合には変化する→同位体分別を計算するときには大気のd13Cを測定する必要がある

II Fractionation of Carbon Stable Isotopes

拡散の際には、重い同位体13C に対する分別が起こる。炭素の安定同位体の変動は次の通り:

C3植物内では、光合成によって、二酸化炭素が初期光合成産物に同化される際に、大きな同位体比の変化が起こる。Farquharら(1989)のモデルによると、C3植物において、同位体比は、近似的には、光合成の際に起こる同位体比変化と、植物が取り込む周囲の二酸化炭素の同位体比値によって次のように示される。

D = a + (b- a) Ci/Ca

ここでD は光合成に伴う同位体比の変化(同位体分別)で、植物葉内の二酸化炭素分圧(Ci)と植物周囲の二酸化炭素分圧(Ca)の比と正の相関がある。a(4.4 艨A理論値)は、二酸化炭素が気孔を出入りする際に起こる同位体比の変化、bは、植物葉内の二酸化炭素が、酵素 RuBiscoによって有機物に同化される際に起こる同位体比の変化。
例えば、気孔が閉じた場合、葉内の二酸化炭素分圧は小さくなる(Ci/Caが小さくなる)。この場合、D はaに近い値になる。逆に気孔が開いていてCi/Caが大きいときには、D はbに近い値になる

RuBiscoによる分別:理論的には30 艨iCO2だけが基質で、さらに平衡による効果も考慮した場合)、閉鎖系での実測値は29 艪ナ、理論値とほぼ一致


★代謝による同位体効果
炭素の還元による同位体効果:脂質はアミノ酸よりも13Cが0.5~1 苡ュない。リグニンやセルロースは糖やペクチンよりも13Cが少ない。
葉は木部組織より同位体的に軽い

★塩類濃度と同位体効果
塩類濃度が高いと、気孔が閉じてCiが小さくなるので、d13Cはよりプラスになる
塩生植物では、塩類濃度とd13Cに正の相関がある:塩生植物は、最適な光合成をするためには塩類が必要なので、塩類濃度が低下すると光合成速度がコンダクタンスに比べて減少→Ciが大きくなってd13Cはよりマイナスとなる

★気孔の開閉と同位体効果
C3植物では、大気汚染物質の増加やVPGの増加によって、気孔が閉じてCiが小さくなるので、d13Cはよりプラスになる

d13Cは水利用効率の指標となる(Fig. 5.6)。なぜなら、水利用効率は安定同位体比と以下のような関係にあるから:



温室やグロースチャンバでの実験により、d13Cと水利用効率との関係が示されている(Fig. 5.6)。野外では、大気のd13Cがあまり変動していないという条件下では、d13Cは水利用効率のよい指標となる。
例:砂漠の植物の、光合成を行っている枝は、葉よりもd13Cがよりプラスの値、つまり水利用効率が高い(Fig. 5.7)
半寄生植物の水利用効率やd13Cは宿主より低い

★林冠の蒸散
純一次生産が分かれば、d13Cの値から林冠の蒸散を推定することができる:



しかし、まだ検証されていない

★スクリーニング
葉の組織のd13Cをもとに、水利用効率が高い品種をつくることが可能:安定同位体比が高い種は、水利用効率が大きい
しかし、d13Cと植物の成長や種子の収量との関係は一定ではない:ある場合は正の相関、ある場合には負の相関。遺伝的な影響か?

安定同位体比の広義の遺伝率はさまざまな種について、60~90%。また、d13Cの変動は、ゲノムの異形接合体のDNAマーカーと関係している。d13Cが分子生物学的、あるいは遺伝的にどのように調節されているかについては理解がすすんでいるが、まずd13Cと収量との関係が十分にわからなければ、育種には役に立たないであろう。

III Nitrogen Stable Isotopes
窒素には2種の安定同位体14Nと15Nがある。大気中の窒素の安定同位体組成はほとんど一定なので、窒素の安定同位体比d15Nの標準物質として利用される

★窒素の安定同位体比の利用法
1)窒素代謝や生態系での窒素循環
2)15Nの自然存在比をサンプルと大気とで比較する

A. Fractionation of Nitrogen Stable Isotopes
炭素の場合と同じく、物理的なプロセス(拡散など)によって重い同位体15Nが分別される
生物的なプロセスでは、NO3-かNH4+の形の窒素が利用される(窒素固定は例外)
土壌溶液中のNO3-やNH4+の15N存在量は、生態系での長期間の速度論的・熱力学的な同位体効果によって決まっている

★生物的窒素の窒素安定同位体比

土壌の深さによって、窒素の安定同位体比は変化する
土壌の窒素の同位体比は、植物が利用している窒素の同位体比を反映していないことがある

★土壌窒素の安定同位体の変動要因
微生物学的・生化学的な同位体効果による(表5.2)
脱窒:脱窒によって軽い同位体をもつ窒素14N2が出て行くので、脱窒が盛んな土壌では15Nが多くなる
施肥された、アンモニアが多い土壌やpHが高い土壌:アンモニアの揮発(NH4++OH- →NH3↑+H2O)が盛んに生じ、15Nが多くなる
窒素固定する植物のリターの分解:15Nが多くなる

以上のプロセスの組み合わせによって、15Nがどの程度多くなるかは変化する→土壌窒素のd15Nはその場所に特異的

★植物のd15Nの変動要因(表5.2)
硝酸や窒素同化、転流、細胞質での窒素代謝によって窒素の同位体比は変動

硝酸取り込みの際の同位体効果:葉齢とともに減少、硝酸の量とともに増加、光強度とともに減少する。しかし、通常の栄養条件で穏やかな光強度であれば、硝酸取り込みの際の15N分別はきわめて小さい

窒素固定の際の同位体効果:-9~4.1艨A植物組織や実験技法によって変わる

転流:植物組織のd15Nの変動要因になりうるが、あまり重要ではない

根粒を除き、植物のd15Nは比較的一定(表5.3)だが、枝や根の同位体には15Nが少なくなる傾向

活発に活動していて、バクテリアが多く存在する根粒では15Nが特に多くなる。そのメカニズムは不明だが、宿主ではなくバクテリアに関係していると考えられる

B. Physiological Processes
d15Nを利用した生理学的なプロセスの研究:窒素固定によって生物的に固定された窒素が、植物全体の窒素のどの程度の割合を占めるかを調べる

1. Studies of Nitrogen FIxation by Soil Enrichment
15Nを利用するテクニックは、アセチレン還元法に変わって1970年代の半ばに登場(アセチレン還元法では、個々の根粒から植物全体にスケールアップする際に大きなエラーがあった)

★窒素固定の解析
15Nを多く含む肥料を、窒素固定する植物と窒素固定しない植物に与え、土壌のd15Nを測定→両方の植物について土壌の窒素循環が同じで、土壌のd15Nの分布が等しいならば、窒素固定する植物の周囲の土壌d15Nはより低くなる(根粒に15Nが蓄積するため)

窒素固定の推定に、土壌のd15Nを利用する場合、不均一性が問題となる:15Nの大部分は土壌表面に偏っている・土壌微生物の空間的な分布が変動している・土壌の硝酸のd15Nは時間とともに減少

上記の欠点を補うため、土壌ではなく、リファレンスとなる作物のd15Nが利用される。リファレンス作物は、調べる作物と同じような根圏をもち、根圏に窒素固定組織がない、季節的な硝酸同化が似ている植物を注意深く選ぶ必要がある

d15Nから、窒素固定の割合を計算する方法:窒素の供給源として、3つ(大気、土壌溶液、肥料)を考える

植物が肥料から得た窒素の割合y

肥料の利用効率w

一方、窒素固定によって植物に固定された窒素の量は、リファレンス作物と目的の作物のd15Nから計算される

窒素固定による固定量=

つまり、窒素固定の割合は、リファレンス作物と目的の作物のd15N、および目的とする作物の全窒素量の3つを測れば、推算できる

上記の推算をする上での注意点:土壌の硝酸濃度が上がって窒素固定が阻害されるのを防ぐため、15Nを含む肥料は与えすぎてはいけない。また、脱窒によって大気よりも15Nを多く含む窒素ガスが発生し、植物がこの窒素を固定した場合、植物のd15Nがよりプラスになるので、窒素固定の割合は過小評価されてしまう。もっとも大きな誤差の原因になるのは、不適当なリファレンス植物の選択(d15Nは同じ値でなくてはならない)

2. Natural Abundance Technique
★窒素固定
自然の生態系に15Nを含む肥料を与え、d15Nの自然存在比から窒素固定を推定する方法は、様々な問題点がある:後から別の窒素が加わってしまう・15Nを含む肥料の分布が変わってしまう・肥料を与える前にも植物に窒素が大量に存在しているので、肥料の15Nの効果がd15Nにあまり反映されない

自然生態系で窒素固定の割合を求めるためには、実験室による栽培実験と、サンプリングを組み合わせて、リファレンス植物と目的の植物のd15Nを使って次のようにして求める:

 窒素固定割合FNDfa=

過去10~15年間に、砂漠や作物やチャパラルや熱帯林で、自然存在比を使って窒素固定を推定する方法が利用されている

上記の推定方法にも大きな欠点がある
1)リファレンス植物と目的の植物のd15Nは、あまり大きな違いがないため(10艨j、個体や組織間の差や遺伝的な差、測定のエラーなどの方が大きくなってしまうことがある
2)適切なリファレンス植物を選択するのが難しいこと。自然の生態系では環境がヘテロなので、目的とする植物とリファレンス植物が同じ窒素源を利用しているという保証がない。複数のリファレンス植物を使って、そのd15Nにあまり差がないことを確認するとよい
3)窒素固定の際の同位体効果はリファレンス植物に含まれている。しかし、あらためて窒素固定の同位体効果を考慮するためには、100%の窒素を窒素固定によって得ている場合の植物のd15Nを栽培実験によって決めておく必要がある

★多元素分析
他の安定同位体比と組み合わせると、窒素の安定同位体比はもっと強力な生化学的なプロセスの指標として使える。
例:d15Nとd18Oによる海洋の脱窒過程、d15Nとd13Cによるエスチュアリーの窒素固定の季節変化

★トレーサ
窒素の放射性同位元素は半減期が短いので使いにくいが、質量分析計とガスクロマトグラフィーをNMRと組み合わせれば、無機窒素同化が追跡できる:硝酸とアンモニアのどちらを利用しているか、アンモニウムイオンを同化するときに利用する経路の同定(グルタミンシンターゼ経路か、グルタミンデヒドロゲナーゼ同化経路か)

IV Hydrogen and Oxygen Stable Isotopes
水素には3種の同位体;水素1H、重水素2H(安定同位体)、トリチウム3H(放射性同位体)がある。重水素の存在比は、他の元素の同位体の存在比に比べて低い(図 5.1)
酸素にはたくさんの同位体があるが、安定同位体比としては18O/16Oが利用されることが多い

水素、酸素の同位体の標準物質は、標準海水SMOW。SMOWは枯渇しているので、代わりとしてほとんど同じ値を持つV-SMOW(ウイーンの原子エネルギー省が提供している)が利用される

A. Fractionation of Hydrogen and Oxygen Stable Isotopes
★非生物的な要因
蒸散と紫外光による光解離。重い同位体2Hと18Oが分別される

火星や金星の大気は、地球よりも重水素を多く含む。光解離によって多くの水が失われたため軽い同位体が失われ、重い同位体が残ったから

海洋の炭酸塩の酸素の同位体比d18Oは、地質学的な温度計として利用されている。温度が高い→海洋からの蒸散が盛ん→蒸散で18Oが分別されるので海洋中に18Oが多くなる→海洋中の炭酸塩には18Oが多くなる(温度とd18Oは正の相関)

★降水と安定同位体比
水素や酸素の同位体比は、降水がどこでつくられたかを反映癇n下水の同位体比は、降水の同位体比の積算値だが、土壌表面の水の同位体比は、蒸散によ_チて軽い同位体が失われるため、2Hと18Oが多くなる(図5.10)

水素や酸素の同位体比は、年平均気温と高い相関(図5.9 )→夏の降水は冬の降水よりも重い同位体が多い(図5.9B )

★植物による同位体の分別
植物の水素の同位体比dDは、次の要素で決まる:ソースとなる水のdD、代謝水のdD、光合成による同位体の分別、光合成の後の代謝過程で生じる分別



スターチはセルロースよりDが少なく、NADPHから水素を受け取った脂肪酸は、水よりもずっとDが少ない。脂肪酸の水素の供給源は植物組織中の水→組織中の水と脂肪酸のdDには高い相関

シンプラストの水はアポプラストの水よりもDが多い→プレッシャーチャンバで植物の水を抽出する過程で、シンプラストの水の割合が多くなるにつれてDが多くなる

葉肉細胞壁の水でどの程度重い同位体が多くなるかは、蒸散や水蒸気の勾配、大気中の水の同位体組成によって変わる

B. Physiological Processes

★同位体比によって水の起源を調べる

根から水が吸収されるときや、木部での水の転流のときには、同位体効果は起こらない→木部の水の同位体比は、おおざっぱには、植物が吸収した土壌の水の値を反映していると考えてよい。
夏の降水は重水素が多い→夏の降水を使用しているかどうかを同位体比から調べる(図5.12)
地下水は冬の降水とほぼ同じ同位体比→地下水植物であるかどうかを同位体比から調べる
海洋水は淡水よりも重い同位体が多い→海岸の植物が海洋水と淡水のどちらを利用しているかを調べる(図5.13)

★水利用と同位体比
蒸散によって軽い同位体が失われる→葉の水の酸素・水素の同位体比は、短時間のスケールなら、蒸散量を反映。ただし、同位体比は、蒸散以外の要因(土壌の水の同位体比、アポプラストとシンプラストへの水の分配)にも影響されるので、長期の蒸散の指標にはならない

水利用効率の高いC4植物は、C3植物よりも重い水素の同位体が多い。水利用効率が大きい塩生植物は、非塩生植物よりも重い水素の同位体が多い←水ストレスがかかると、蒸散による同位体効果の影響が強くなって、重い同位体が植物に蓄積する
ただし、CAM 植物は多肉で独特の根系を持ち、夜に気孔を開けるため、水利用効率が高くても重い同位体は多くならないであろう

★水素の安定同位体比と気候
年輪の水素の安定同位体比は、長期間の気象条件の指標として使われている
樹木が、地域的な降水が起源の地下水を利用している場合、年輪のdDは平均気温と降水のdDに影響される→ニトロセルロースのdDと生育期間中の平均気温との間には相関、ニトロセルロースのdDと降水中のdDとは1:1の相関
樹木が他の地域の水を利用しているときには、年輪のdDは気候の指標にはならない

★NMR
NMRは、分子中の同位体の位置を非破壊的に検出できるが、水素に関しては感度が低いため、測定が難しい
場所特異的同位体分別SNIF-NMRを利用すると、糖の起源(サトウダイコンか、ワインか、果汁か)が特定できる。また、ワインやビールのコンタミを特定するために、エタノールの水素や酸素の同位体比が利用される。どの年代のワインからできた糖かもわかるため、光合成生産に対する気象要因の影響を調べられる可能性もある

V. Summary
ストレスに対する植物の生理学的な反応や適応の古典的な測定は、スナップショットに過ぎず、植物全体について知るためには、労力がかかる繰り返し測定が必要であった。安定同位体比は、植物の生理的な反応の積算値であり、さまざまなストレスに対する応答の指標として有効である。
生物的・非生物的プロセスで、重い同位体が分別される:二酸化炭素の拡散(13CO2)、水の蒸発(2H2O)、RuBisco(13CO2)。同位体の分別(速度論的・熱力学的)と、同位体組成との関係が分かれば、植物の組織の同位体組成を調べるだけで、植物で生じている積算的なプロセスを知ることができる
炭素の同位体比:光合成経路(C3、C4、CAM)、水利用効率、葉内CO2
窒素のの同位体比:窒素固定で得られた窒素の割合、窒素利用効率
水素・水の同位体比:植物の水の起源、蒸散