安定同位体 

植物の安定同位体についての解説と利用方法です。安定同位体を利用した研究については2009年に北海道大学低温研究所発行予定の「光合成研究法(低温科学)」、日本生態学会誌などに日本語でのレビューや解説が出されているので、そちらも 参考にして下さい。ここでの解説は「光合成研究法」と2006年度春学期に関西大学で行った講義(自然環境学研究B)をもとにしています。炭素の安定同位体を使った最近の研究についても少しずつ紹介していきたいと思っています。何かご意見やご質問がありましたら半場までメールでご連絡下さい。

安定同位体を利用する意義

安定同位体は環境に対する植物の反応を研究するために利用される研究手法である。植物の環境反応研究は研究対象の空間的なスケールで分類することができ、大きな方から生態系、群落、個体、組織、細胞、オルガネラとなる。おおよそのスケールはもっとも大きな生態系は106m、最も小さいオルガネラは10ー6mである。研究手法は対象によって様々であり、オルガネラや細胞では遺伝子やタンパク解析など分子・生化学的手法が、葉や個体ではガス交換法などの生理的手法が、群落や生態系では微気象的方法やリモートセンシングなどが用いられる。安定同位体は他の方法と比べると、細胞レベルから生態系レベルまで広範囲に利用できること、また積算的な情報が得られ比較的分析コストが安価であるという特色がある。

植物の環境研究に使われる手法
方法 測定スケール 利点 欠点
安定同位体 細胞から生態系まで 積算的な情報が得られる
分析が容易でコストも安い
影響因子の特定が難しい場合がある
生化学的方法 細胞
葉の切片
植物抽出物(タンパク質など)
詳細な分析が可能で反応機構の研究に適している 生体外測定のため生体内での再現性が不明確
生理学的方法(ガス交換法)
シュート
生きた植物で測定できる
測定が比較的簡便
測定時の環境条件に大きく影響される
瞬間的な情報しか得られない
生態学・微気象的方法、リモートセンシング 群落、生態系 大規模スケールで推定可能 時間とコストがかかる
植物の反応との関連づけが難しい

安定同位体について

同位体とは、ある特定の元素に属し、核の中性子数が異なるため質量が異なっている原子のことをいう。同じ元素に属する同位体は原子量は異なるが原子番号は同じであり、プラスの電荷もマイナスの電荷も持たない。同位体は、時間の経過とともにエネルギーを放射して別の元素に壊変する放射性同位体と、時間が経過しても不変である安定同位体 stable isotopeとに分けられる。放射性同位体の安定性は半減期(half-life)であらわされる。半減期とはある系に存在する放射性同位体の数が半分になるのに要する時間である。半減期には同じ元素の同位体の中でも十数秒(10C)から数千年(14C)までの幅がある。一方、安定同位体の量は存在比 abundanceであらわされる。ある特定の元素の中では1つの安定同位体の存在比が飛び抜けて高く、例えば12Cは全てのCの98.9%を占める。

環境反応研究に利用される同位体の種類
元素 安定同位体 存在比(%) 放射性同位体 半減期
水素 1H
2H
99.985
0.015
3H 12.32y
炭素 12C
13C
98.89
1.11
10C
11C
14C
15C
19.3s
20.3m
5715y
2.45s
酸素 16O
17O
18O
99.76
0.04
0.20
14O
15O
70.6s
122.2s
窒素 14N
15N
99.63
0.37
12N
13N
0.1s
10m
硫黄 32S
33S
34S
36S
95.0
0.76
4.22
0.014
35S 87.51d

Nilsen & Orcutt (1996) Plants under Stress. John Wiley & Sons. , Pearcy et al. (2000) Plant Physiological Ecology. Kluwer.

サンプルの安定同位体比は標準物質に対する偏差であらわされる。この偏差は非常に小さいので1000分偏差(パーミル:‰)であらわされることになっている。ある物質 X について、2種の安定同位体の比率をRとすると、安定同位体比は次の式で計算される。

    δX ={Rサンプル/R標準物質− 1 }× 1000(‰)

安定同位体比と表記法
元素 安定同位体の比率 R 表記 測定気体 測定精度(‰)
H 2H/1H (D/H) δD H2 0.2*
C 13C/12C δ13C CO2 0.01**
O 18O/16O δ18O CO2 0.01**
N 15N/14N δ15N N2 0.02*
S 34S/32S δ34S SO2 0.5***

*200µL **100µL ***50µg

炭素安定同位体比

炭素の安定同位体のほとんどは12Cで、13Cは1%程度しか含まれていない。12Cと13Cは,大気中や水中を拡散する速度や化学反応の反応性が異なる。軽い同位体12Cの方が拡散する速度は速く、一般的には化学反応に対する反応性も高い。有機物質の同位体組成はいったん乾燥させればほとんど変化しないため、分解が起こらない状態で保存されているサンプルの炭素同位体組成は長期間一定である。

植物は、気孔からCO2を取り込んで炭素化合物を合成する。大気中のCO2から炭素化合物がつくられるまでにはさまざまな化学反応プロセスがある。そのため、大気中CO2の炭素と植物に含まれる炭素化合物の炭素の重さを比べると、植物の炭素化合物の炭素の方が少しだけ「重い」安定同位体が少なくなる。このように同位体の比率が変わることを,同位体分別(どういたいぶんべつ)とよぶ。(注:ふんべつ とは読まない)

炭素の安定同位体比は、国際的に定められた標準物質 PDB(Pee Dee belemnite:アメリカ・サウスカロライナ州にあるPee Dee層から産出したイカの仲間 belemniteの化石に含まれる炭酸カルシウム)に対する13C/12Cの偏差としてあらわされる。13C/12CをRとすると、炭素安定同位体比δ13Cは次のように定義される。

    δ13C(‰)=(Rサンプル/R標準物質 − 1)×1000;

ほとんどの物質では、炭素の同位体には「重い」同位体13Cが標準物質よりも少ししか含まれていないため、同位体比としてはマイナスの値となる。例えば、大気中のCO2は −8‰ であるが、これは大気中のCO2が標準物質よりも 8/1000 だけ13C/12Cが少ないことを示している。

炭素安定同位体比の決定要因 

植物全体の炭素安定同位体比は主に次のような4つの要因で決まる。

大気中のCO2の炭素安定同位体比

大気CO2の炭素安定同位体比
測定場所 炭素安定同位体比(‰)
上層大気 −8
都市部の大気* −11.6
山間部の大気** −10 京都市美山町国道
−12 タイ・ナラチワ熱帯林
−9 夏の北海道落葉広葉樹林
CO2ボンベ −24 〜 −38

自動車の排気ガスのように化石燃料から発生するCO2は,上空の大気に比べると「重い」安定同位体がずっと少なくなる。つまり、都市部や工業地帯の大気中のCO2は、山間部や砂漠のような人間の活動の影響が少ないところとは、炭素の安定同位体比が異なる。

また、森林の大気のCO2には土壌呼吸によってでてくるCO2や、植物の呼吸によってでてくるCO2が混合している。呼吸によってでてくるCO2には「重い」安定同位体が少なくなっている。そのため、呼吸ででてきたCO2がたまりやすい条件-例えば地表付近とか、樹木の密度が高い森林(熱帯林など)、あるいは夜間-であるほど、森林の大気のCO2にはさらに「重い」安定同位体が少なくなる。

光合成による同位体分別

光合成に関連する炭素安定同位体分別
Ehleringer et al. ed. (1993) Stable Isotopes and Plant Carbon-Water Relations. Academic Press.
過程 分別(‰)
CO2の水への溶解 1.1
CO2の水和 −9.0
大気中でのCO2拡散 4.4
水中でのCO2拡散 0.7
カーボニックアンヒドラーゼ触媒によるCO2の水和 1.1
PEPカルボキシラーゼによるカルボキシル化 2.0
Rubiscoによるカルボキシル化 29.0

光合成では大きな同位体分別がおこることが知られている。その主なプロセスは

1.CO2が気孔から取り込まれるとき
2.酵素によってCO2が同化されるとき

の2つに分けることができる。光合成によってCO2が固定されるときにはたらく酵素は植物が利用している光合成経路によって異なり、C3植物では主にRubiscoC4植物CAM植物では主にPEPカルボキシラーゼとRubiscoである。Rubiscoによる同位体分別は 29‰程度であるのに対して、PEPカルボキシラーゼによる同位体分別はずっと小さく、2‰ 程度であると考えられている。 一方、CO2が気孔から取り込まれるときにおこる同位体分別は 4.4‰とされている。

おおきな同位体分別を示す酵素Rubiscoが主にはたらくC3植物は、C4植物やCAM植物と比べて「重い」安定同位体が少なくなっている。C3植物の炭素の安定同位体比は平均値で −28‰ であるが、C4植物では −14‰である。CAM植物の値は−10 〜−20‰であり、昼間と夜間に固定されるCO2の比率によっても変わる。

plantisotope.gif

光合成の際に起こる同位体分別は,記号Δ(ギリシャ文字の大文字のデルタ)で表される。C3植物では,もっとも簡略的にあらわすと次のようになる(Farquhar et al. 1982)。

     Δ = 4.4 [ ( CaCi) / Ca ] + b Ci/Ca(‰)

CaCiは,それぞれ大気と葉内(細胞間隙)のCO2分圧をあらわしている。4.4は,CO2が気孔から取り込まれる際に,12CO213CO2の拡散速度の違いによって生じる分別(‰)である。bは,CO2固定酵素 によってCO2が同化されるときの分別で,27‰と考えられている。この式から,C3植物の同位体分別は,酵素反応によってほとんど決まることが分かる。

CO2分圧と同位体分別との関係は、次のように説明することができる。Rubiscoは12CO2の方とよく反応するため,Rubiscoの近くの空気(細胞間隙)では13CO2よりも12CO2が多く消費され,その結果相対的に13CO2が増える。気孔が閉じてくると細胞間隙での13CO2の濃度が高くなっていくため,Rubiscoは13CO2とも反応するようになってくる。一方,気孔が十分に開いていれば,細胞間隙と大気のCO2は十分に混合されるので,細胞間隙での13CO2濃度は大気よりもそれほど高くならない。このときにはRubiscoが13CO2と反応する割合は相対的に低くなる。このようなことから,大気中のCO2分圧 Ca が一定である場合には、C3植物の同位体分別はCiが小さいほど小さくなる(相対的に軽い同位体が少なくなる)ことになる。

なお,C4植物では、CO2はまずPEPカルボキシラーゼによって葉肉細胞で固定された後、維管束鞘細胞でRubiscoによって再固定される。従って、CO2分圧との関係をC3植物のような簡略化された式で表すことはできない。しかし、細胞間隙のCO2分圧の変化に対する同位体比の変化はC3植物よりもずっと小さいことが分かっている。また、維管束鞘細胞で固定されるCO2の比率が高いほど同位体比は低くなる(よりC3植物に近い値になる)ことが知られている。(Farquhar et al. 1982,Buchmann et al. 1996)。

炭素化合物の組成

植物では、光合成によって同化された炭素を骨格とした様々な代謝産物が合成される。一般的には、多くの反応ステップをへて合成された物質ほど(つまり代謝経路の先にある物質ほど)相対的に「軽い」同位体が多くなることが分かっている。例えば、C3植物で最初に合成される糖類の炭素の安定同位体比は−26.4‰であるのに対して、脂質は−32.3‰という、ずっと低い値になる。脂質は、植物に比較的多く含まれる物質の中では特に低い安定同位体比を示すことが分かっている。したがって、脂質を多く含む植物とそうではない植物の同位体比を比較するときには注意が必要である。脱脂処理などの補正をした方がよい。

例えば、さまざまな種類の植物の葉の同位体比を測ってCO2分圧を推定したい、というような場合には、糖類やセルロースを抽出して、その同位体比を比較するのがより望ましいことがある。樹木年輪の同位体解析では、セルロースを抽出してニトロ化したニトロセルロースの同位体比が広く使われている。ただし、糖類やセルロースは比較的短い時間のCO2分圧に影響される、という点に留意することが必要である。C3植物では、糖類の同位体比は合成される数時間前のCO2分圧を反映し、セルロースは数日間の(日中の)平均的なCO2分圧を反映するとされている。

転流

植物に含まれる炭素化合物の同位体比はさまざまである。したがって、植物の同位体組成には、転流による炭素化合物の移動が影響することが予想できる。最近の研究(Damesin & Lelarge 2003)によると、ブナの仲間(Fagus sylvatica)の枝の同位体組成は、季節が進むにつれて 2.5‰ 低くなることが分かった。このような同位体比の変化には、生育後期に糖が葉から移動してくることが影響していると考えられている。

炭素安定同位体比の測定方法についてはこちら

炭素安定同位体比の利用方法 

水利用効率

炭素の安定同位体比は、植物の水利用効率に対する指標として、欧米の研究者を中心に広く利用されている。水利用効率(water use effiCiency, WUE)は蒸散(E)と光合成速度(A)の比で表される値で,葉から失われた水に対してどの程度炭素を固定できたかを表している。おおざっぱにいうと、水利用効率は,植物に乾燥ストレスがかかっているほど高くなる。水利用効率 WUE は,植物葉内のCO2分圧(Ci)と植物体周辺のCO2分圧(Ca)及び葉-大気間の水蒸気圧差(VPD)と次のような関係にある。

     WUE = A/E = Ca(1 − Ci/Ca) / (1.6 VPD) (4)

炭素の安定同位体比も、水利用効率と同じようにCi/Caと直線的な相関があるため、炭素の安定同位体比から水利用効率を推定することができる。炭素の安定同位体比がよりプラスの値であるほど水利用効率は大きいということになる。例えば、山の斜面に生えている樹木の炭素安定同位体比を調べて、上部の樹木が −27‰であるのに対して下部の樹木が −30‰ であったとすると、斜面上部の樹木の方が水利用効率が大きい、つまり、より乾燥ストレスがかかっているらしい、と解釈できる。

野外の植物の水利用効率は、携帯型の光合成・蒸散測定措置(Li-Cor 6400など)で実測することができる。あえて炭素の安定同位体比を水利用効率の指標として使う意義は、

つまり、測定装置を持ち込むのが難しい場合(樹木の最上部や高山など)や、比較的大きなスケールでの仕事に威力を発揮するといえる。大きなスケールの仕事は国内ではまだあまり例がないが、オーストラリアで調べられた例では,樹木の群落レベルでの安定同位体比の変化を海岸から内陸まで数百キロメートルにわたって調べたところ,降水量が少ないほど群落レベルで葉の水利用効率が高くなることが示唆されている(Stewart et al. 1995)。

わたしたちが行った仕事としては、林床の植物と上層の樹木の間では水をめぐる競争が起きているため、管理されている(下草を刈っている)アカマツ林の方が乾燥ストレスがかかりにくいことを示した例がある(Kume et al. 2002)。林の管理が樹木の水利用や成長に大きな影響を及ぼすことは、北米のポンデローサ松でも示されている(McDowell et al. 2003)。

C3植物とC4植物を分ける

C4植物が含まれる科と種数(Sage 1999)
科(単子葉類) トチカガミ カヤツリグサ イネ
種数 >1 1330 4600
科(双子葉類) フウチョウソウ アカザ オシロイバナ キク キツネノマゴ ゴマノハグサ ザクロソウ スベリヒユ タデ トウダイグサ ナデシコ ハマビシ ハマミズキ ヒユ ムラサキ
種数 >2 550 >5 150 80 14 >4 70 80 250 50 〜50 〜30 〜250 >6

C3植物とC4植物は,炭素の安定同位体比が異なる。このことを利用すると,植物の炭素安定同位体比から光合成回路を推定することができる。現在のところC4植物が含まれることが明らかになっている科は表の通りである。応用として、土壌の炭素の安定同位体比から,大規模な気候変化(乾燥化)に伴って植生中のC3植物とC4植物の割合がどのように変遷したのか(Schwartz et al. 1996)を推定できる。C4植物を含む最大の科であるイネ科の Alleteropsis属,Neurachne属,Panicum属 の中にはC3-C4中間型の性質をもつ種があるため,炭素安定同位体比からでのみ光合成型を決めることはできない。また,CAM植物とC3あるいはC4植物も,炭素安定同位体比によって区別することはできない。

葉内CO2拡散抵抗の推定

炭素の安定同位体分析とガス交換法による光合成測定とを組み合わせると,葉内CO2拡散抵抗の推定ができる。詳細はCO2拡散抵抗を参照。

森林のCO2・H2O循環モデルへの応用

大気や樹木の葉の炭素の安定同位体比は、森林のCO2・H2O循環モデルに組み込んで利用されている。森林の CO2・H2O循環は地球環境問題と関連する重要なテーマで、最近も多くの研究がなされている (Kosugi et al. 2003、Baldocchi & Bowling 2003など)。

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窒素安定同位体比

窒素には2つの安定同位体14Nと15Nがある。14Nは存在比が高く大気中の窒素の99.633%を占める。大気の窒素の同位体組成は一定であるため(JunkとSuek 1958,Mariotti 1983)、大気中の窒素は窒素安定同位体の標準物質として使われている。すなわち、大気中窒素の安定同位体比は0‰である。14N/15NをRとすると、窒素安定同位体比δ15Nは次のように定義される。

    δ15N(‰)=(Rサンプル/R標準物質 − 1)×1000;

自然界にある植物の窒素安定同位体比は―5〜+10‰である。

 1. 窒素安定同位体比の決定要因

窒素安定同位体分別
過程 同位体分別(‰)
非生物的過程
   水中でのNO3、NH3、NH4+の拡散 1.0
   大気中でのNO3、NH3、NH4+の拡散 1.8
土壌中の生物的過程
   N2O還元 3.4〜3.9
   脱窒 2.8〜3.3
   窒素固定 ―0.9〜4.1
   硝化 1.5〜3.5
植物
   アンモニア同化 0.9〜2
   硝酸同化 0.3〜3

炭素の安定同位体と同じように、植物の窒素安定同位体は次のような要因に影響を受ける。

1.窒素供給源の窒素安定同位体比
2.窒素代謝過程での同位体分別
3.窒素化合物の組成
4.転流

植物への窒素供給源は、窒素固定をしない植物では土壌窒素、窒素固定する植物では土壌と大気中の窒素である。土壌表面の窒素は大気と比較すると15Nが多く、窒素安定同位体比の平均値はおよそ9.2‰である。一般的には、土壌が深くなるほど15Nが増加し、安定同位体の値はよりプラスになる。

炭素の場合と同様、窒素についてもほとんどの反応では重い同位体15Nが分別される。ただし、窒素固定反応では軽い同位体14Nが分別される場合がある。そのため、炭素の場合とは異なり、植物の窒素安定同位体比はプラスの値もマイナスの値もとりうる。

植物によって利用される土壌窒素は、硝酸態(NO3)かアンモニア態(NH4+)となっている。アンモニア態あるいは硝酸態で窒素が吸収される場合、最大3‰の分別が生じる。また、窒素固定を行う植物の場合、植物組織の中では根粒に15Nが濃縮されて他の組織よりも窒素安定同位体比が高くなる。炭素と比べると窒素の同位体分別は小さく、また同位体分別がよく分かっていない反応過程も多いため、窒素の安定同位体比と植物の生理的な過程とを関連づけるのは難しい場合が多い。

窒素安定同位体比の利用方法

Nisotope.gif

窒素安定同位体比がもっともよく利用されているのは、植物による窒素固定の研究である。窒素の同位体分別は小さいため、植物の窒素安定同位体比は窒素供給源の安定同位体比を反映すると考えてよい。窒素固定をする植物の窒素供給源は土壌と大気の2つである。土壌表面の窒素は平均9.2‰であり、大気中窒素の安定同位体比は0‰である。したがって、窒素固定を行って大気から窒素の供給を受けているマメ科の植物は、窒素固定をしない植物よりも安定同位体比が低くなる傾向を示す。

植物体の窒素安定同位体比の測定方法は、炭素安定同位体比の測定方法に準ずる。


4.水素・酸素安定同位体比

植物の水素および酸素の安定同位体比は、植物による水利用と深い関係がある。安定同位体比の標準物質としては、水素も酸素も共に標準海水(standard mean ocean water: SMOW)が用いられる。水素の安定同位体は1Hと2Hの2種類で、1HはH、2HはD(重水素deuteriumの頭文字)、水素安定同位体比はδDと表記されることが多い。酸素の安定同位体は16O、17Oおよび18Oの3種類であるが、17Oは存在比が低いため、酸素の安定同位体比としては16O/18Oが使われる。水素および酸素についてそれぞれRをD/H、16O/18Oとすると、水素安定同位体比δDおよび酸素安定同位体比δ18Oは次のように定義される。

    δD, δ18O(‰)=(Rサンプル/R標準物質 − 1)×1000;

水素安定同位体比は非常に変動が大きく、自然環境下で700‰にもなる。雨水の水素安定同位体比は−10〜−400‰である。雨水の酸素安定同位体比は水素安定同位体比と直線的な相関関係があり

    δD=8×δ18O + 10 (‰)

とあらわされる。

 水素・酸素安定同位体比の決定要因

水が蒸発するときには重い安定同位体が分別されるため,水蒸気には軽い安定同位体(16O、H)が多く,残った水には重い安定同位体(18O, D)が多くなる.逆に水蒸気が凝固して水滴になるときには,軽い安定同位体が分別される.蒸発と凝固による同位体分別の結果,気温と降雨の安定同位体比との間には正の相関関係が成立し,気温が高いほど降水のδ18Oはプラスになる。 葉の水のδDおよびδ18Oは,供給源の水のδDおよびδ18Oと,蒸散の影響を受ける.このことから,炭素安定同位体比δ13Cと同様に,植物の基質である水の起源をδDおよびδ18Oから推定することが可能である。また,植物の水利用と関連させることも可能であると考えられるが,蒸散と同位体分別との関係モデル(Craig-Gordonモデル)は実測値とのずれが大きく未だに不完全であり,現在も修正が試みられている。