固体物理 Vol.33, No.5, p.462 (1998)
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岩波基礎物理シリーズ8
「非平衡系の統計力学」
北原和夫著、A5判 296頁
岩波書店 1997年10月刊、定価(本体) 3,500円

 

 本書は、理工系の大学の1年生から3年生までを対象にした岩波基礎物理シリーズの中の一冊であり、「連続体の力学」、「物質の電磁気学」、「物質の量子力学」と共に、基礎科目に続く応用的なものとして位置づけされている。本書の特徴は、粒子拡散や熱伝導など、従来は異なる分野で個別に扱われてきた非平衡現象を、エントロピー生成という熱力学の観点で統一的に扱っていることである。こうした統一的なものの見方を学部学生の頃に学ぶ事は、非常に有意義であると考えられる。

 本書の内容は以下の通りである。第1章では、先ず不可逆性の起源についての考察が行われ、それに続いて、本書の内容のエッセンスが説明されている。そして最後に、なぜ非平衡系の研究が重要であるのかについて述べられている。第2章においては、前半で熱力学関係式やギブス-デュエム関係式などの熱力学についての簡単な解説がなされ、後半で非平衡熱力学の考え方、および現象論的発展方程式の構築について要領よく述べられている。第3章では、質量密度、運動量密度、エネルギー密度などに関する発展方程式である流体方程式が導かれる。特に、多成分系の流体に対する発展方程式の導出が、丁寧に行われている。第4章では、不可逆過程の典型である拡散現象について述べられている。先ず、拡散の熱力学的な考察が行われ、次に個々の粒子の運動に着目したランダムウォークモデルやランジュヴァン方程式によって、拡散の微視的機構が考察されている。本章の後半では、拡散の確率論的取り扱いについて詳しく説明されている。また、輸送係数が平衡状態におけるゆらぎの時間相関関数で与えられるという「揺動散逸定理」の導出も行われている。第5章において、ボルツマン方程式による気体分子運動論が展開される。これは、ゆらぎを取り入れた確率論的モデルであり、気体分子の分布関数がどのように平衡分布に近づくのかを記述するものである。後半では、流体方程式の分子論的な意味を明確にするために、ボルツマン方程式と流体方程式の関係が調べられている。最後に、分子間相互作用が長距離力であるクーロン系の運動論について議論されている。第6章では、第4章で説明された揺動散逸定理を用いて、実際に拡散係数やずれ粘性係数などの輸送係数を決める方法が述べられている。また、外場に対する線形応答理論、いわゆる久保公式について、電気伝導現象を例にとり述べられている。第7章では、平衡から遠く離れた系における非線形緩和過程が、詳しく説明されている。具体的には、混合物における相分離現象であるスピノーダル分解や核形成、流体系におけるベナール対流などが述べられている。また、ベナール対流との関連で、カオス運動において見られるストレンジ・アトラクタや一次元写像系における不変測度についても言及されている。第8章では、現実の不可逆性が力学法則の可逆性とどのように関わっているのかについて、つまり不可逆性の微視的起源について議論されている。

 全体的に言って、式の導出が丁寧であり、また、各章のつながりが明確に述べられていて、読者が読みやすい様に配慮されている。ただ、内容が非常に多岐に渡っているため、学部学生が本書の内容を全てものにするのは困難であるかも知れない。細かい事にはあまり拘泥せず、むしろ非平衡系の統計力学の考え方を身につければ十分であると思う。まえがきにも述べられているように、非平衡系の統計力学が学部学生の講義で取り扱われることは、これまであまりなかった。その意味でも、このような非平衡系統計物理の入門書は待望されていたものであり、本書の出版は非常に喜ばしい。

(核融合科学研究所 藤原 進)



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