孤立した短い鎖状分子の構造形成
--- 配向秩序の成長過程 ---

 汎用のプラスチックから、我々自身の体を構成しているタンパク質やDNAに至るまで、 高分子は我々人間にとって、非常に重要な役割を果たしている。高分子は、極めて多様 な機能を有しているが、その機能を発現するにはそれを可能にする構造の存在が必要で ある。高分子の構造形成機構の解明は、学問的に重要であるだけでなく、構造を制御し て新機能物質を創造するといった工業的な観点からも、極めて重要な課題である。本研 究では、鎖状分子の構造形成過程を分子レベルで解明するため、多数本の短い鎖状分子 の分子動力学シミュレーションを行い、配向秩序構造の形成過程を解析した[1]。

 鎖状分子のモデルとして、最も単純な内部構造を持つポリメチレン鎖(メチレン基 CH2が20個連結したもの)を用い、メチレン基は1つの質点として扱う。先ず 高温(700 K)において、100本の鎖状分子のランダムな配位を作る。次にそれを、400 K 及び440 Kに冷却する。

 図1に、400 Kにおける短い鎖状分子の立体構造を示す。二面角の違いに応じて色づ けしており、赤色がトランス状態(内部回転ポテンシャル最小の状態)、緑色がゴーシュ 状態(内部回転ポテンシャル極小の状態)に対応している。初期の時刻では、鎖状分子の 配位はランダムである[図1(a)]。時間が経過すると共に、局所配向秩序領域がいろい ろな場所で成長を開始し[図1(b)]、それらが合体を繰り返し、最終的に一つの大きな 配向秩序構造へと成長する[図1(c)]。局所配向秩序がどのように成長するのかを詳細 に調べるため、「クラスタ」の概念を以下のように導入する。つまり、2本の鎖が互い に隣接し、同じ方向を向いているとき、それら2本の鎖は同じクラスタに属していると する。このように定義したクラスタの中で最大のクラスタのサイズ(クラスタに属して いる鎖の本数)の時間発展を、図2に示す。この図から、局所配向秩序の成長が不連続 に階段状に進行するという事実が明らかになった。


図1:100本の短い鎖状分子の立体構造。(a) 1 ps、(b) 200 ps、(c) 2000 ps。ボンド を示しており、色は各ボンドの周りの二面角の値を表している(赤色:トランス、緑色: ゴーシュ)。


図2:400 K及び440 Kにおける最大クラスタサイズの時間発展。


参考文献
[1] S. Fujiwara and T. Sato, Phys. Rev. Lett. 80, 991 (1998). [アブストラクト]

1997年11月