孤立した一本の高分子鎖の構造形成
--- 配向秩序の成長過程 ---

 高分子や液晶など「構成要素に由来する複雑さ」をもつ複雑液体における構造形成の 問題は、非常に興味深い。鎖状に連なった分子である高分子は、内部自由度が非常に大 きいため、構造的な多様性を有している。この構造的多様性が、高分子物質のもつ様々 な機能の基礎となっている。そのため、高分子の構造形成機構の分子レベルでの理解は、 基礎物理においてだけではなく、工学においても重要となる。そこで、本研究では、 高分子鎖の構造形成過程を分子レベルで解明するため、一本の長い高分子鎖の分子動力 学シミュレーションを行い、配向秩序構造の形成過程を解析した[1]。

 高分子鎖のモデルとして、最も単純な内部構造を持つポリメチレン鎖(メチレン基 CH2が500個連結したもの)を用い、メチレン基は1つの質点として扱う。初 期配置として、全てのボンドがトランス状態(内部回転ポテンシャル最小の状態)にある 平面ジグザグ構造から出発し、先ず高温(800 K)においてランダムな配位を作る。次に それを、100 Kまで段階的に冷却する。

 図1に、800 K及び100 Kにおける高分子鎖の立体構造を示す。二面角の違いに応じて 色をつけており、赤色がトランス状態、緑色がゴーシュ状態(内部回転ポテンシャル極 小の状態)である。800 Kでは、至る所でゴーシュ状態が励起されており、高分子鎖はラ ンダムな配位をとっている。それに対して100 Kでは、配向秩序構造が形成され、ゴー シュ状態の励起は折り畳み面に偏っている。配向秩序が、温度の低下と共にどのように 成長するのかを調べるため、大域的配向秩序パラメータを計算した(図2)。600 K以上 の高温領域では、秩序パラメータはほぼゼロであり、大域的な配向秩序は存在しない。 温度が550 K以下になると、配向秩序の成長が始まり、およそ400 Kまで続く。このよう に、はじめランダムに絡み合っていた高分子鎖が、温度の低下と共に折り畳まれ、配向 秩序構造を形成する過程が明らかになった。


図1:高分子鎖の立体構造。(a) 800 K、(b) 100 K。ボンドを示しており、色は各ボン ドの周りの二面角の値を表している(赤色:トランス、緑色:ゴーシュ)。高分子鎖のお およその形を示すために楕円体を描いている。


図2:大域的配向秩序パラメータの温度依存性。


参考文献
[1] S. Fujiwara and T. Sato, J. Chem. Phys. 107, 613 (1997). [アブストラクト]

1997年3月